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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

トランプのアメリカ2016.11.21

―草の根か、サーカス型政治か、長い4年間―

今回の複眼時評は、「4年間、トランプと付き合うには」という題にするつもりだったが9日付ニューヨークタイムズ社説に先を越された。“Being American in the Trump Years.”「トランプの時代をアメリカ人として生きること」と訳せばいいのだろうか。敗北を潔く認めたクリントン候補を讃える一方で、終始クリントン支持を訴えながら惨敗した自らへの挫折と悔恨が行間ににじみ出ていた。

 そう、今回選挙での最大の敗者は、ニューヨーク、ワシントンDC、ロサンゼルスに本拠を置き、「われこそアメリカの世論」と自認してきた既成マスコミだった。彼らは、アメリカ社会の底辺にたまった反エリート主義、反ワシントン、反ウォールストリートのマグマ、その質と量を計測し損なった。当然、これら米主流メディアに多くを依拠する各国ジャーナリズムも見通しを誤った。

筆者は、今回の大統領選挙について4~5月に3回シリーズで「トランプなんか怖くない」と題して分析を試みた。その中で、「彼(トランプ)もしくは彼女(クリントン)がホワイトハウスに入って現実に直面すれば、いやでも(選挙中の発言とは)真逆のことをやらざるを得なくなる。レーガン大統領も、ピーナッツ農場から来たカーター大統領も、同じコースをたどった。だから恐れることはない」(4月11日当コラム)と書いた。しかし、現実にトランプがホワイトハウスの主になるとは想像出来なかった。

ともあれ世界は今後4年間、トランプと付き合っていかざるを得ない。マスコミには、トランプの大衆迎合的な、つまりサーカス型政治を心配する論調が多い。しかし、大衆に背を向けた結果、トランプ大統領が誕生したのだから既成権力側も、猛省すべきだ。今、なすべきは嘆き悲しむことではなく、トランプ政治のネガティブ面を極小化し、ポジティブ面を最大化することだろう。

ポジティブ面を最大化する努力

まず米国にとってトランプ大統領がもたらしたポジティブな側面は、政治のねじれ現象が解消されたことだ。オバマ第一期の2年間を除き行政府は民主党、上下院の多数は共和党が握る政策決定過程のねじれ状態が続いた。大統領が議会に提案する予算、重要法案、主要人事案件は軒並み停滞。特に予算は、その場しのぎの暫定編成が繰り返され一貫した政策遂行が出来なかった。結果、ワシントンは、「何も決められない」場と化して国民の政治不信を募らせた。

今回、共和党は大統領のみならず上下院での安定多数を確保した。現在、欠員のある最高裁判事をはじめ主要人事は迅速に処理されるだろう。トランプ政権の目玉である法人税下げ、インフラ投資の拡大など「100日プラン」も具体化されるだろう。政治システムが再起動することで経済に好スパイラルを呼ぶ可能性が高い。もっとも共和党主流と溝のあるトランプとしては、共和党議会指導者と連携し民主党の一部も取り込む柔軟な議会運営を求められるだろうが。

日本にとってのプラス面は、戦後71年間続いた、国家の基礎である安全保障をアメリカに全面依存するという植民地根性から決別する好機が訪れたことだ。核武装は置くとしても着実に防衛力を充実して、「自国は自らが守り、どうしても足りぬ部分のみを日米同盟で補完する」という独立国家本来の姿を取り戻すべきだ。その意味で憲法改正を軸に戦後体制からの脱却を目指す安倍首相とトランプは意外に肌が合うとみるが如何?