警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

都議選終わって日が暮れて…2017.7.21

女難ダブルと安倍改憲の行方

すべては5月連休前に行われた「安倍首相・岸田外相会談」が発端のようだ。自民党総裁禅譲含みで、「憲法改正をどう進めるか」と迫る安倍首相に岸田氏の返事は歯切れの悪いものだった。この瞬間、安倍首相は「何が何でも自分の手で憲法改正を仕上げるしかない」と腹をくくったのだ。

安倍改憲の“キモ”は「公明党がのめる案作り」だった。公明党が乗らない限り憲法改正発議に必要な衆参3分の2の議席数が得られない。しかも次の総選挙では過去2回の安倍人気が期待できず3分の2議席を確保するめどが立たない。憲法9条1項(戦争、武力行使の放棄)、同2項(前項の目的のための戦力は保持せず、交戦権も否認)をそのままに第3項で自衛隊の存在を認める――という加憲案は、こうして生まれた。

本来、改憲派は、自衛権、自衛隊を正々堂々と位置付けようとしていた。だから自民党が2012年に決めた改正案では9条2項を削除、新たに自衛権の発動を認め、国防軍の保持も明記した。一方、3項加憲の理屈はこうだ。「9条は、個別的自衛権までは否定していない、だから専守防衛の自衛隊は合憲」、というのが従来からの政府見解。さらに安倍政権は、昨年の安保法制国会審議で「同盟関係にある米国との間で最小限の集団的自衛権は行使できる」との解釈を示した。そのための実力部隊だから1項2項はそのままでも問題ない。何とも苦しい。「これなら現状維持の方がいいではないか。国論の分裂を招く必要はない」という声は保守の中にもある。

しかし、安倍首相は「加憲案」で突き進む。5月1日、新憲法を制定する会(中曽根康弘会長)で「機は熟した」とぶち上げ、3日付の読売新聞インタビューで「9条3項案」を明かし「熟読してください」と訴えた。6月24日、神戸では、「今年の臨時国会が終わる前に衆参の憲法審査会に自民党の改憲案を提出したい」と述べた。臨時国会で改憲案を審議したうえで来年、予算成立後の通常国会で発議する。発議されれば60〜180日以内に国民投票が行われる。7〜8月とみられる国民投票の日に衆議院選挙をぶつけてもいい。こんなスケジュール感覚が、ついこの間まで安倍官邸を支配していた。

暴言、妄言でスケジュール空中分解か

ところが都議選投票日直前になってこの目論見を雲散霧消させかねない爆弾が次々さく裂した。まずは、週刊新潮が暴露した自民党衆院2回生、豊田真由子の「違うだろーこのハゲ!」発言。次いでは、おなじみ稲田朋美防衛相の、「自衛隊としてお願いします」失言。折からの森友学園、加計学園問題で、居直るばかり、安倍官邸の対応に自民支持者の間からも不満がたまっていた。安倍チルドレン、側近の発言は、このガスを爆発させる点火剤となった。

結果、都議選は自民惨敗に終わった。これで安倍改憲スケジュールは変更を迫られるのだろうか。元々、今秋から一年間の政治日程は、極めて窮屈だ。内閣改造、臨時国会での改憲論議に加え北朝鮮危機の最中、11月に予想されるトランプ米大統領初来日にどう備えるのか。年末には、都民ファーストが「国政ファースト」に看板を塗り替え新党を立ち上げるだろう。来年には、9月の自民党総裁選挙、消費税引き上げか否かの判断も迫る。年末までには天皇退位に伴う改元など行事が控える。12月13日には衆議院議員の任期が切れる。こんな最中、改憲発議は出来るのか?

新党、国民ファーストに追い込まれる前、年内解散に打って出る“奇策”もささやかれるが議席の大幅減は避けられまい。安倍改憲、迷走を始めた。