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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

自公圧勝と安倍政権の行方2017.11.11

政局展開、3つのシナリオ

自公圧勝に終わった総選挙。この結果を受け来年の通常国会、改憲論議、来年9月の自民党総裁選挙へと続く政局展開を占ってみたい。

安倍首相のベストシナリオとしては、来年通常国会召集までに自民党改憲案をまとめ、来年度予算が成立した後、会期を大幅延長、「改憲国会」に仕切り直す。与野党間で十分もんだ上、3分の2議席の力で改憲を発議する。9月の自民党総裁選挙で3選を果たした後、10〜11月に国民投票を実施する。かくして祖父以来、悲願としてきた憲法改正に道筋をつけ20年の東京五輪を成功させ21年引退――というものだろう。しかし、このシナリオにはいくつかのハードルがある。

まず、国民投票で過半数が取れるか、という問題がある。今回の自公勝利は、得票率が45.7パーセント(比例代表、選挙区ではもっと少ない)でありながら野党の分裂によって67パーセントの議席を得たというものだ。だから単一争点である憲法改正の是非を国民に問うた場合、現時点の情勢では、安倍首相が憲政史上初の国民投票に敗れる首相となる可能性が高い。即、政権投げ出しのリスクが高まる。

それ以前の問題として自民党内の改憲草案つくりがそう簡単に進むと思えない。まず、安倍首相が力の基盤とする党内右派に憲法9条2項の「戦力不保持」を残したまま3項を新設して自衛隊の存在を明記するという妥協策への反発が強い。といって9条を撤廃して正面から戦力としての自衛隊を位置付けることに連立を組む公明党は抵抗するだろう。

この点で安倍首相にとって痛いのは与野党間の改憲協議をリードしてきた高村正彦副総裁、保岡興治憲法調査会長というベテラン二議員の引退だろう。2人とも弁護士として調整能力が高く、特に安保法制論議で砂川判決を逆手に取って野党を抑え込んだ高村氏の腕力に安倍首相も一目置いていた。今回、高村氏は引き続き副総裁として残るが、バッジを外した人の能力には限界が付きまとう。

簡単でない憲法改正の道筋

もう一つのハードルは野党内にある。今回、改憲を公言する「希望の党」が野党第一党になっていれば、とりあえず改憲議論にスムーズに入れただろうが、「立憲民主」が第一党になった。国会内で野党第一党を外して交渉することは現実的に難しい。

あえて「希望」、「維新」とタッグを組む手がないではない。しかし、この場合は各党の主張する改憲課題、地方自治や教育無償化、国会召集規定など9条改正とは違う入り口から議論を始めなくてはならない。多角的な対応を迫られ成案まとめ上げには時間がかかるだろう。憲法改正という旗印では一致しても各論でバラケてしまう危険性。衆院のなんと6分の5が改憲賛成勢力になったが故の難しさと言えるだろう。

来年中に憲法改正発議が出来なくなった場合は、19年3月の天皇ご退位、7月の参議院選挙というスケジュールを縫っての改正作業となる。これまたなかなか難しい芸当だ。そんな中、森友・加計問題が再燃、収拾がつかなくなった場合、あるいは健康上の理由で18年9月、自民党総裁任期満了で退陣という事態もないわけではない。そこまで行かなくても19年秋から20年のオリンピックまでの間に改正のめどをつけ、閉幕後1年間の余力を残して岸田政調会長にバトンタッチ、元老の道を目指す可能性もある。

開票日の会見で安倍首相の表情は冴えなかった。無論、自重や疲れもあるだろう。しかし、必ずしも平たんで楽観を許さない情勢を推し量ってのものではなかったか。