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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

トランプ外交はどこへ向かうのか2018.1.21

-新国家戦略から読み取れるもの-

「アメリカはガラス張りですから、政策を決定するまでの過程は、大統領の演説や、議会の記録、政府系シンクタンクのレポートなどをしっかり読み込んでいれば自ずと分かるものです」。

外務官僚で情報分析の専門家でもあった故・岡崎久彦氏は言っている(「国家と情報」文藝春秋社)。その例証としてワシントン勤務中、ニクソン大統領のベトナム撤退方針や、その政策の根底にあった米中接近について様々なシグナルがありながら読み取れなかった自らの体験について、悔恨を込めて語ってくれた。

岡崎氏の教訓を胸に刻みながら昨年12月、公表された「アメリカの国家安全保障戦略」を読み込んでみよう。まず、この新戦略について日本のメディアはどのように伝えたのだろう。

「軍事・経済面で台頭している中国を、ロシアと並んで『競争国』と位置づけ(中略)長期的に対抗してゆく姿勢を打ち出した」。12月20日付の朝日新聞は伝えている。間違いではないが読みが浅い。例えば、この「競争国」という表現は「敵対国」と訳したほうが分かり易い。私なりに訳すと、「自由主義(体制)と敵対的な勢力との間で世界秩序をめぐる地政学的闘争がインド・太平洋地域、ロシアと国境を接する地域で繰り広げられている」となる。

同じ日の毎日新聞では、「ロシアと中国を国際秩序の現状を力で変更しようとする『修正主義勢力』と非難している」となっており、この方が新戦略を正確にとらえている。しかし、「修正主義勢力」という表現では、読者にピンとこないだろう。「中国とロシアは米国と同盟国の価値と利益に正反する世界を作ろうとしており」とした方が分かり易い。つまり、自由と民主的な諸価値で成り立つ世界秩序をリバイズ(ひっくり返そうと)している」というのだ。新戦略では、実戦を避けながら優越的状況を作るための新冷戦が進行中と判断している点がポイントだろう。

国内各紙とも米国および同盟国に対する脅威度において中国とロシアを同列に置いているが、これもおかしい。断然、中国の比重が重い。私が注目したのは第三節の中国に関する以下の記述だ。

中国への失望が米ロ協商を呼ぶ?

「過去数十年間にわたる米国の対中政策は、中国を繁栄させ第二次世界大戦後の世界秩序の一員として育て上げることが同国の自由化につながるという信念に基づくものだった。しかし、中国は我々の期待を裏切り、他国の主権を犠牲にして力を拡大させてきた」。

これは、中国を「対ソ戦略上のパートナー」(ニクソン政権)、「戦略的パートナーシップ」(クリントン政権)、「建設的協力関係」(オバマ政権)などと位置付けてきた歴代政権の政策を転換すると宣言したと同じだ。つまり抑圧的共産中国との闘争は、今後長期間続くものと覚悟したことが伺われる。

過去の米中関係を俯瞰すれば、欧州列強による植民地競争のえじきとなった中国への心情的肩入れの時期。共産中国誕生から朝鮮戦争での軍事対決に至る時期。さらに対ソ包囲網形成のため政略的接近の時期などが思い出される。両国は100年以上にわたり近接と離反の振幅を繰り返してきた。

こうしてみると大統領選挙期間中からのロシアのトランプ接近は将来、米ロによる中国包囲網形成の序章として記憶されるかもしれない。最近、プーチン大統領は、サンクトペテルブルクでのテロ未遂事件解決がCIAのおかげだったとトランプ大統領に異例の感謝を表明した。意味深な出来事だ。歴史は繰り返すのかもしれない。