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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

Brexit(ブリジット)とJexit(Jイグジット)2018.4.11

-英国のEU離脱に我が身を振り返る-

急転する朝鮮半島情勢に翻弄されるマスコミ各紙には、「置き去り日本」といった自虐的な見出しが躍る。この反応、つまり「孤立」を恐れ、バスに乗り遅れまいとする日本人のメンタリティーは、明治開国時に生まれ、日清・日露戦争、第一次世界大戦期を通じ膨張し、敗戦への導火線となった。

征韓論と福沢諭吉の脱亜論、日英同盟の締結と解消、日独伊三国同盟への傾斜、日ソ不可侵条約への過信、そして原爆投下へ。日本近代史はアジアの盟主を目ざす悲願と、欧米との一体化を夢見る憧憬がせめぎ合う悲劇だ。

ところで英国のEU離脱まであと一年に迫った。すでに金融取引や経済活動、労働力移動などの域内特権が失われるとの思惑からポンド安が続き憂鬱な気分が漂う。果たして大英帝国の主権と威厳を保つことは、EUの一員として享受する政治的、経済的恩恵に勝るものなのか。この実験は、日本に取っても他人事ではない。述べてきた大陸と島国との関係性という点で見れば明治以来、日本が七転八倒してきた葛藤と重なるからだ。つまり朝鮮半島、中国、アジア大陸とどう関わってゆくのかについて示唆を与えてくれるはずだ。

英国のEU離脱(Brexit=ブリジット)に対し、日本のアジア大陸離れ(Jexit=Jイグジット)が始まりつつあると指摘するのは、韓国の古参ジャーナリスト池東旭氏だ。昨今の嫌韓ムードの高まり、「中国に親しみを覚えない」という人が82.2パーセントにも達した(内閣府2016年調査)世論動向を踏まえたものだ。

池氏は言う。「日本では今、『韓国を助けない、教えない、関わらない』との非韓三原則がまん延している。韓国の反日ムード高調、北朝鮮の核・ミサイル脅威に触発された嫌韓感情の噴出だ。その底辺に日本が韓半島と関わってろくなことがなかったとの思いがある。

古くは白村江の戦い、元寇、文禄、慶長の役しかり。近代では1894年から1945年まで半世紀の間、清国、ロシアと戦い、シベリア出兵で失敗。満州事変の後、再び中国、ソ連と戦火を交えた。総括すれば韓半島関与は失敗だらけで、帳尻は持ち出しの赤字に終わった。その上今なお後遺症が続いている」(エルネオス2017年11月号)。

Amexit(アメジット)への備えが必要だ

福沢の脱亜論には、その対極に躍進する欧米というモデルがあった。地理的近さは、必ずしも価値観の共有を意味しないのだから欧米の産業資本主義に倣って近代化を進めよ、と説いた。しかし、ポストモダンともいわれる今日、日本がモデルとしうるパラダイムはどこにあるのだろう。

より深刻なのは、日本がアジア離れする時、その反動で身と心を寄せざるを得ない同盟国アメリカの現状である。自国の利益を最優先することは当然である。しかし、トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」は、大統領選挙で彼を勝たせたバイブル・ベルトと呼ばれる南部諸州、ラスト(鉄さび)・ベルトの異称を持つ衰退した工業地帯のうっぷん晴らしを金融資本センターである東海岸諸州、IT・情報産業の集まる西海岸諸州の利益に優先させるということだ。こうした偏った打算の延長線上には、中国と太平洋を分割する、あるいは日本の核武装を認め、中、露に対抗させるというアメリカのアジア離れ(Amexit=アメジット)が進行する危険性が、かつてなく高まっている。

19世紀の英国は、七つの海を支配する海軍力を背景に栄光の孤立(Splendid isolation)と呼ばれる局外中立、非同盟外交を進めた。他国の一挙手一投足に左右されず真の国益とは何か? 冷静、沈着、黙考のときだ。