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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

金正恩の鼻歌が聞こえる2018.6.21

-北朝鮮は票にならないというのに-

米ソが宇宙ロケット競争に狂奔していた時代、「何のご用で宇宙まで」という秀句があった。それに習うなら、「トランプさん、何を焦ってシンガポールまで」と言いたくなる。

確かに、これで少なくとも半年程度は、「ソウルを火の海にする」といった毒々しい脅し、日本海に続けざまロケットを打ち込む妄動は避けられるだろう。しかし記者会見で一時間も自画自賛、自己陶酔に酔いしれるトランプ大統領を見て、第二次大戦直前、ミュンヘンでのヒットラーとの会談を終え帰国したチェンバレン英首相の得意顔を思い出した。この会議でヒットラーは、チェコ以東の領土獲得を行わないと約束。チェンバレンは、「平和をもたらした」と大歓迎されたが蜜月は一年ももたなかった。

それにしてもトランプ大統領がサミットを放り出してまで米朝首脳会談にこだわった理由は何なのだろう。通説は3つだ。(1)11月の中間選挙に勝ち、再来年の再選を確実にする(2)歴代大統領の行った政策をすべて覆す(3)今年のノーベル賞ねらい。

3つの要素は絡まり合っているが、「中間選挙説」には根拠がある。ただ、これは「勝って再選する」というより「負けると命取り」だから必死、というのが実情だ。中間選挙で現職大統領の政党が勝った例は1990年以降7回の選挙で一回しかない。2002年、ブッシュ大統領の時の中間選挙だが、同時多発テロの翌年で米国が事実上、戦時下という非常時でのこと。大統領にとって中間選挙に勝つことがいかに大変か分かる。

大統領が恐れる弾劾は下院次第

中間選挙の前哨戦となる3月のペンシルベニア州下院補選で民主党新人が共和党現職を僅差で破ったことはショックだったろう。大統領選ではトランプ氏が圧倒的勝利を収めた白人労働層の多い選挙区、しかも自ら応援に乗り込んだが敗北した。貿易戦争、高関税を言い出したのは、直後からだ。しかし、続くアイオワ、モンタナ、ニュージャージー、ニューメキシコ、カリフォルニアの各州で行われた予備選の結果は、ペンシルベニア補選と同じ傾向を示している。特に投票率の高い女性票のトランプ・アレルギーが目立つ。

より深刻なのは、6月5日行われたカリフォルニア予備選だ。全米最大53選挙区中、52選挙区で民主党候補が優位に立った。注目されるのは、一昨年の大統領選挙で民主党のヒラリー票がトランプ票を上回りながら同時に行われた下院選挙では共和党が勝った8選挙区でも民主党の善戦が目立った点である。一連の結果から「上院はともかく下院で民主党が過半数を占めることは不可避」というのが専門家の見方だ。

現在17議席差で共和党が多数を占める下院で与野党が逆転すると何が起きるか。最大の問題は、「大統領への重大な犯罪又は軽罪について弾劾の訴追」を行う決議案が可決されること。以後、1年以上かかるトランプ大統領への弾劾裁判が始まる。次期大統領選挙直前までロシア疑惑、ポルノ女優とのスキャンダル、司法介入などが公開審理され全米中継される。決議案は、最終的には上院で否決されるだろうが再選は絶望的だ。

ニクソン大統領(共)は裁判を前に辞任し、クリントン大統領(民)は無罪となったがブッシュ大統領(共)圧勝に道を拓いた。

不思議なのは、各種調査を見ても米国民の関心は雇用、物価、教育費など身の回りの問題に集中しているのに金正恩とのテレビショーにこだわるトランプの真意だ。多分、他に支持率を上げる妙手がないからかもしれないが。