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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米中覇権抗争と日本2018.10.11

-最悪の事態に備えはあるか-

互いにこぶしを振り上げたところでトランプ・習近平首脳会談がセットされ急転直下、破局が回避される――。誰もが期待する米中対決のベストシナリオだが、局面は逆に動いているようだ。なぜだろう? 一言でいってこれは貿易戦争ではなく21世紀半ばまで続く米中覇権戦争の序曲にすぎないからである。

9月7日、香港発のニューヨークタイムズは、中国最大の富豪(個人資産40兆円ともいわれる)ジャック・マー氏が所有するITコングロマリット、アリババ集団の経営から引退すると特報した。何があったのか? 「元の教師に戻りたい」とのコメントを信じる人は誰もいない。巨額な個人資産と、アリババが蓄積した膨大な個人情報を中国共産党が接収に入り、マー氏が、「俺は殺される」と怯え逃げ出したとの裏情報が流されている。

今月3日には消息を絶っていた有名女優、ファン・ビンビンさんがSNS上で巨額の脱税行為を認め謝罪、146億円もの追徴課税、罰金支払いに応じると公表した。国際舞台で活躍する彼女の年収は、40億4000万円余り(俳優として世界第7位)。実際には裏契約やエージェントが複雑にからみ5倍以上の金銭が動いていたといわれる。当局は有名女優をやり玉に挙げることで脱税が日常化している芸能界に一罰百戒の効果を狙った。

中国では年初から巨大企業への摘発が続いている。安邦保険(金融)、ヒルトンホテルの買収で話題となった海南航空(HNA)、大連万達(不動産、映画・興行)、京東(サイト大手)などに査察が入り、経営トップの逮捕、失脚、変死、果ては国家管理に移行というケースが起きている。

「一連の事件の根はひとつ。米中摩擦により元安が続き、株式市場も低迷。その結果、中国の国富、外貨準備高、つまり共産党、政府の資産が大幅に流失、毀損している。だから海外に流れた個人、企業のドル資産を容赦なく接収する。それだけ苦しいともいえるが、逆に言えば長期戦に備える決意の現れでもある」と消息通は語る。

北戴河会議で何が語られたのか

例年、8月中旬に中国河北省の避暑地、北戴河では党長老と共産党指導部との懇談が行われる。この会議で習近平執行部の対米強硬路線に危惧する長老から軌道修正を求める声が上がった、との報道もあったが実際は違うようだ。

7月3日、共産党全国組織工作会議で習近平総書記はこう述べた。「党中央は大脳と中枢神経であり、党中央は必ずや『定干一尊、一錘定音』の権威を持たねばならない」。この言葉は司馬遷の史記「始皇帝本紀」が出典で、最高権力者が定め、最終決定権を持つという意味だ。そこまで権力を集中しなければ乗り切れない、という危機感が伝わる。北戴河会議でも習総書記は、この路線を押し通したようだ。「米中戦争の最中、党が分裂しているかの印象を与えるのは反党行為。反党、腐敗分子の追求は徹底的にやる」と脅した。短期的には米中戦争という“外患”は習総書記の下支えとなっているのだ。

会議終了直後、人民日報上で習総書記のブレーンはこう主張した。「今の米国は昔のような無敵の超大国ではない。恐れず毅然として挑戦を受けて立とう」。

米中戦争の真の戦場は、AI、5G通信といった情報通信、遺伝子組み換え技術、宇宙空間支配などのへゲモニー争い。この戦域で中国は、過走気味に虎の尾を踏み米国を本気にさせた。しかし、こうなった以上、習近平も降りられない。土下座することは即体制の崩壊への道だ。

この事態、漁夫の利はない。日本は傍観しているだけでいいのか。