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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

“文系男”のパソコン受難記(中)2016.8.21

アメリカではどうなっているの?

このコラムの執筆の相棒、河内孝氏から励ましのメールをいただいた。「この度の<受難>誠にお気の毒、マイクロソフトの横暴さには義憤を覚えます。でも本家の米国では、一人で闘って示談金を勝ち取った女性がいるのをご存知か?大兄よ、元気出せ!」と。

実はこの“強い女性”、小生にとっても“気になる存在”ではあった。そのことを知ったのは、今年6月下旬のシアトル・タイムスの報道だ。サンフランシスコ在住、自宅でネットを駆使し、個人で旅行代理業を営むテリーさんという“我が道を行く”中年ビジネス・ウーマンの闘争記だ。

windows7を使用していた彼女、<執拗な10への乗り換え要求>を拒否し、最後にはパソコンを破壊されてしまった。その経緯は小生の被害と全く同じ。

だが、テリー女史はカリフォルニア州の<些細な揉めごと審判所(small claims court)>に提訴した。「私はマイクロソフトの顧客センターに苦情を持ち込んだが、相手にしてくれない。そこで同社の地域事務所長に執拗に抗議したら、150ドルの見舞金でどうか、と言ってきた。人を馬鹿にしている。もはや訴訟しかないと思った」と。訴えの内容は、(1)パソコン故障中、得ベかりし旅行斡旋業からの収入の逸失(2)新しく買い換えたコンピュータのコスト、それぞれの弁済だ。

結果は、マイクロソフトは、彼女に対し、1万ドル(百万円強)を支払うことで示談が成立した。「やったぜ、ベイビー!」米国の消費者運動家たちは快哉を叫び、この“小さな勝利”をバネに全米に被害者同盟を結成、各州の裁判所でマイクロソフト相手に法的な代理人を立てて、それぞれ集団訴訟(class action)を起こそうとの呼びかけもある。

「ぜひそうなって欲しい」。でも、残念至極!ネットその他で米国の情報を収集した結果、それはあくまで被害者たちの願望であって、マイクロソフト側はそのような動きを封じる法的手段をとうに構築済みであることが私にもわかってきた。ズバリ結論を言うなら、「時すでに遅し。私も含め消費者の怒りは、所詮は“ごまめの歯ぎしり”にすぎないことを…」知らしめられたのだ

「集団訴訟など応ずる義務なし」高姿勢一点張りのマイクロソフト

ともかくマイクロソフトとは、用意周到な会社だ。二年前、「パソコンの機器のトラブルに関する集団訴訟に応ずる義務なし」の法的根拠を確立、“理論武装”を完了している。ただし「個人による少額の裁判は、応ずることあり」という内規も同時に作成済みだ。今回のテリー女史に対する示談のケースは、まさにそのケースで、“無力の個人”に対するマイクロソフト側の“思いやり”とは全く無縁の代物だ。

その法的な認識は(1)windows10への転換で起きたトラブルは、マイクロソフト側には落ち度はない(2)しかし、今後の新たな訴訟への拡大を防ぐ意味から、金銭を支払って示談に持ちこむこともありうる。という解釈にもとづく消費者のためでなく会社の利益の観点からの例外的な便法に過ぎない。「新たな訴訟を避けるための示談で、もともと会社側に瑕疵はない」これはマイクロソフトの報道担当の弁、裏を返せば<消費者側には勝ち目なし>という意味である。(この項、次号に続く)