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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

文系男”のパソコン受難記(下)2016.9.11

なぜ<消費者庁>は及び腰なのか?

この連載読み物、主題はコンピュター操作におよそ不器用な男、不肖、私の受難のレポート。あの横暴なマイクロソフトの半強制的なwindows10へのアップ・グレードの仕掛けにまんまとはめられ、完全に破壊されたわがwindows7型パソコンにまつわる <怒りの記>だ。でも、それは、“私憤”にとどまらず公共の正義の立場からの怒り、“公憤”でもある。

(上)では、日本で、私のような被害者は意外に多いという“実情”、(中)では、消費者運動の本場アメリカでも、ごく一部の示談の例をのぞけば、マイクロソフトには勝てない、というインターネット万能時代の不条理な“現実”を指摘した。今回のテーマは、日本の行政当局は、何をしてくれたのか?だ。

去る6月22日、私のパソコンが破壊された数日後の出来事だが、消費者庁は <windows10への無償アップグレードに関する確認・留意事項>という名の注意喚起を行った。曰く(1)あらかじめアップグレードするか否かを判断せよ(2)ソフトウエアなど周辺機器との対応の確認(3)アップグレードの手順確認(4)アップグレードしない時は予約をキャンセルせよ、と。(私はこの通りの手順を踏んだつもりだったが、パソコン画面は突如暗転、破壊されてしまったのだ)(5)「何か問題があれば、サポート窓口に相談を」で、この注意喚起は締めくくられている。

では、どこに相談すればよいのか? 消費者庁は電話番号を提示している。驚いたことに、何とそれは <日本マイクロソフト会社>のコールセンターだった。これでは、同社の広報の代行ではないか。「語るに落ちる」とはまさにこのこと。

もし消費者の味方なら、なすべきことは「ユーザーへの注意喚起ではなく、マイクロソフトへの警告と、何らかの行政指導が欲しい」ところだ。

だが、そこまで踏み込めないことは、消費者庁自身が、よくわかっている。なぜならマイクロソフト社は、パソコンを使うための世界共通のプログラム作りの元締めであり、一国の行政機関がそこに介入することは、営業権侵害の恐れがあり、ほとんど不可能だからだ。

「マイクロソフトはやや横暴」萩生田光一官房副長官談

いやはや「泣く子 <と>地頭には勝てぬ」ではなく「泣く子 <も>地頭には勝てぬ」だ。すなわち横暴な地頭に反抗し、“泣く子”が道理で争っても勝ち目なしだ。昔ながらの活字媒体の文化で育ち、現代メディアの主流を占めつつあるコンピューター文化にはいささかの違和感を持つ私にとって、萩生田氏のこの人間の感性に忠実な <本音の発言>には、共感を覚える。本当は「横暴そのもの」と言って欲しいところだが、行政に携わるものとしては、精一杯の表現だろう。彼の発言から彼の <政治家にとって不可欠な心情>を感じ取ったのは、多分、私だけではあるまい。

「メディアとは活字と印刷物の文化なり」で育ったジャーナリストである私、昨今のコンピューター主導の文化はいささか居心地が悪い。だがマクルーハン(カナダの文明評論家、現代メディア論の創設者1911~1980年)曰く「メディアとは、情報を伝達する単なる中空のパイプではない。メディアが変われば、文化も変わってしまうのだ」と。「いやはや、ごもっとも」。でも、やはりデジタル万能の <この世>は住みにくいのです。