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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

トランプ現象の“メディア学”2016.12.1

なぜ<リベラル>は、予測を誤ったか

なぜ、多くの日本のマスコミ人はトランプ当選を予見できなかったか? 恥ずかしながら小生もその一人。

「顧みて他を言う」のも気がひけるが、原因は(1)私の予測のネタ元が、ニューヨークやワシントンに本拠を置き、「我こそはアメリカの世論」と自負する<リベラル>派の“格好いいエリート”知識人向けの新聞やTVの情報だったこと。しかも(2)その全てが、全米の民意の動向を読み違え、クリントンの当選を信じて疑っていなかった、からだ。

さて、日本国にとって「トランプなんか怖くない」のかどうか。これからの政治状況の判断は、当コラムの筆友、河内孝氏にお任せするとして、今回のテーマは、その昔(1969~72年)、ある全国紙のワシントン駐在の経験を持つ私の現代アメリカ・メデイア論である。

<後講釈>であることを承知で言わせていただくなら、クリントン氏の落選は「アメリカ東部の知識層相手の“リベラル”な機関紙」の敗北ということだ。そもそもリベラルとは、なんぞや? まずその定義だが、(1)政府の一定の市場介入(2)社会的な少数派や弱者の支援(3)国際社会や他国との協調、を是とする思想だ。

これに対して、反リベラルのトランプ氏は、(1)自由な市場(2)地域の自治の伝統遵守(3)国際機関や他国によって米国の利害は左右されない――という<伝統的保守派>の政治理念に立脚して戦い、僅差で次期大統領の椅子を勝ち取った。

これは、リベラル派メディアにとっては、予想外のハプニングだった。彼らの全米の“言論支配”が成立したのは、1930年代の世界恐慌時代にさかのぼるが、その<言論の影響力>が失われたのは、今回が初めてではなかろうか?

なぜ、ダメになったのか? エリート・リベラルの驕りが民意の実態を見誤らせた、からではなかったか? 彼らは「“隠れトランプ支持者”を選挙予測の世論調査に反映しそこなった」と言い訳している。しかし「クリントンであるはずだ」という強すぎる願望が、全米の民意の実態を見誤らせたのではなかろうか。

SNSの「トランプの支持率55%」は何を意味するか

<これからのメディア論>を展開するにあたって、新聞やTVを見ないネット“人間”の動向を無視してはいけない。彼らのメディアはSNS(Social Networking Service=人と人のつながりを構築するお友達会員制情報ネット。世界で延べ50億人が加入している)だ。米国のある機関が、SNS使用者を調べたところ、55%がトランプの支持者であり、かつその当選を予測していた、という。主に<若い世代>だが、あらかじめある意図を持って、加工・編集された大マスコミ論評よりも、個人の意見や経験、そして論評を、ネットを通じて、直接個人同士で交換しあった方が、真実に近づける、という<中年も含めた大人>の意見もある。

大新聞や、専門家の“偉いさん”のご託宣よりも、ワイワイ、ガヤガヤ、個人の見解の<集合知>の方が、情報価値が大きいとは、一概には言い難い。でも、今回の米国大統領選挙結果は、ネット上の<集合知>の方が、既成の大マスコミの<知力>を上回っていた、ことの証明かもしれない。

そんな面倒な理論より、ニューヨークのリベラル・マスコミの<上から目線>の傲慢さへの反感が、トランプの当選を導いた、という説もある。これも一つの“真実”ではあるまいか。