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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米中対決は歌舞伎プレー
―内政上の要請が対立構図を求める―2021.04.01

「バイデン政権、中国、ロシアとの本格対決辞さず」(ワシントン・ポスト)。「米中対決激化、アラスカでの激しい応酬」(ニューヨーク・タイムズ)。「米中、激しく率直な協議」(CNNテレビ)。

新政権が発足して初めて、米アンカレッジで行われた米中高官協議を伝える米メディアの見出しだ。会談は、波乱の幕開けとなった。メディアに公開される冒頭発言は、数分間のはずだった。ブリンケン国務長官が中国の香港、ウイグル自治区での人権侵害、東シナ海やインドでの領域侵犯の動き、台湾問題、不公正通商取引――などを批判すると中国側のヤン・チェ・チー党政治委員が、「非礼で見下した態度だ」と激高した。報道陣の見守る中で20分近い大演説を展開。「アメリカに民主主義があるなら中国にも中国の民主主義がある。他国の人権をあげつらう前に自国内の黒人差別など人権問題を正せ」とののしった。ブリンケン氏も負けず再反論。一部始終はライブ中継され全世界に流れた。その結果が冒頭の見出、ヘッドラインである。

この報道ぶりに誰より安堵したのは、実は米中の出席者ではなかったのか? それは2日間の協議を終わった後、米側出席者が「ドアが閉まってからの話し合いは冷静で実務的だった」と漏らしていることでも分かる。つまり双方ともことさら「厳しい対立」を演出しなくてはならぬ“お家の事情”を抱えていた、ということなのだ。謎を解くには、2月12日の米中首脳電話会談が設営された経過を解剖しなくてはならない。

この会談の不思議さは、まず他国首脳との電話会談(大方、昨年末までに終わった)に比べ大幅に遅れた点。中国の旧暦大みそかに当たる10日夜(中国時間11日朝)に新春の祝賀交換、というのが表向きの説明だが信じがたい。それなら通訳が入ったにせよ2時間は長すぎる。むしろトランプ前大統領の弾劾裁判初日というタイミングを選んで中国側が申し入れたという方が納得がゆく。この日は、上院の大勢がトランプ氏無罪評決に決した日でもある。つまり、2年後の中間選挙に向けトランプ氏が引き続きバイデン攻撃の前面に立つことが確実となった。トランプ・カードこそバイデン政権のアキレス腱。そこに的を絞った戦術に打って出たのだろう。

虚の外交がリアルに

それにしても両首脳、2時間も何を話したのだろう? 消息筋は、「双方とも“いつあの話が出るか”と身構え、息をのみ、回り道する間に時間が過ぎていったのでは」と分析する。「あの話」とは言うまでもなくバイデン氏がオバマ政権の副大統領として訪中した際、同行した次男・ハンター氏をめぐって起きた贈賄疑惑だ。2月1日付本欄にも書いたが中国側は、利益供与がバイデン本人に渡ったと確信しており、関係資料もトランプ陣営に渡っている。当然、彼らは、このスキャンダルを中間選挙に向けフルに活用するだろう。それを百も承知のバイデン側としては、ここで絶対に弱味は見せられないのだ。

中国側も苦しい事情を抱えている。今年は7月に中国共産党建党100周年、10月に党中央全体会議、そして来年の党大会へと続く。習近平氏の留任は、確実視されているが泣き所は、在韓米軍撤退、台湾解放など歴史的成果が望めぬこと。その中で序列2位の李克強首相後継人事問題が進む。だから党大会まで共産党幹部は、「じゅうたんに落ちる針の音にも耳を澄まし」派閥暗闘に備える。この際、習氏にとって大事なのは「加点」でなく、「減点」をどう防ぐかだ。「アメリカと対等に戦った」という強硬姿勢こそ減点防止の秘策だ。

しかし、“歌舞伎プレー”の怖いところは、いつリアルに化けてもおかしくないという点だ。