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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ベーシックインカムやりますか
-所得把握が大前提-2020.10.21

菅義偉政権の誕生で久しぶりに脚光を浴びているのが竹中平蔵パソナグループ会長である。菅首相は連日、有識者と面談し勉強中だが、その第一号が竹中氏。そこで「菅首相の経済ブレーン」扱いされることになった。

竹中氏はいわゆる「新自由主義」を標榜する経済学者。小泉純一郎政権で閣僚に登用され、金融再生と経済財政政策で辣腕を振るった。2005年に総務相を務めた際に副大臣だったのが菅首相で関係は深い。ただ、経済担当の内閣府参与に任命されたのは週刊誌であれこれ言いたい放題の高橋洋一嘉悦大教授だったけれど。

ともあれ、その竹中氏が週刊誌やテレビで国民全員に一人毎月7万円を給付すると言う「ベーシックインカム」論を提言した。これがポスト・コロナの経済運営が問題になっている折から議論を巻き起こすこととなった。

ベーシックインカムは日本語で言えば「最低所得保証」。所得や年齢、性別に関係なく全国民に一定金額を定期的に支給する。さまざまなやり方がありうる。毎月一定金額を支給する代わりに、年金、健康保険、失業保険、生活保護などの社会保障はやめてしまう、というのが最も徹底したベーシックインカム。そこまで極端でなくとも、ベーシックインカムの給付の代わりに何らかの形で既存の社会保障は整理・縮小の標的となる。

しかし、月7万円と軽く言うが年間では84万円、日本の人口は約1億2500万人だから、掛け算すると年額106兆円超。これは現在の国の一般会計に匹敵する大きさだ。一体どこにその財源を求めるのか。消費税率を50パーセントぐらいにするか国債大増発だが、どちらも論外だ。

そこで既存の社会保障。2019年度、年金、医療、介護、失業保険、生活保護などの社会保障支給額は年間約120兆円。その財源は国民が支払う年金や健康保険などの保険料(約71兆円)と国庫負担(約34兆円)、地方税(約15兆円)、年金積立金の運用益である。それをベーシックインカムに回せば実現可能である。

何をどう再編・整理するかはともかく、社会保障制度が現状のままでは維持できないことは誰もが分かっている。竹中氏はその制度改革の手がかりとして、ベーシックインカムを持ち出したのであろう。ベーシックインカムの問題は、実は社会保障制度をどうするかという問題なのである。

例えば、国民年金の未払い者が4割を超している。この人たちは老後に国民年金をもらえず生活に窮する人が続出するだろう。多くは生活保護を受けることになる。いま4兆円近い生活保護費が急増していくだろう。生活保護制度のバッシャーは「金ももらって医療も無料はおかしい」などという。その当否はともかく、我が国の社会保障制度は問題満載である。

あらゆる社会保障をベーシックインカムで置き換えてしまえというのは、現実的ではない。ただ、「条件付きベーシックインカム」はできない話ではない。民主党政権が2012年に打ち出した新しい年金制度は、収入がなく保険料を払わなかった人でも、最低でも月7万円の年金を受け取れるようにしようというものだった。専門家が注目するよく練られた案だったが、民主党の自壊とともに立ち消えとなった。惜しいことだった。

突飛なようだが米国民主党に格差是正に向けた「累進消費税」という政策がある。金持ちほど消費税率を高くしようというものだ。詳述する紙幅がないが経済学では「所得―貯蓄=消費」である。所得と貯蓄を把握できていれば「累進消費税」をかけられる。スイス、インド、スペイン等々で行われているベーシックインカム(的政策)の実験も貧者と富者を区別する。日本でもどの程度ベーシックインカム的手法を取り入れるかは分からないが、経済政策の何をやるにしても、所得把握の精度を格段に高めることが不可欠だ。つまりはマイナンバーによる個人情報の収集と集積。頼みますよ「デジタル庁」!