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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

検証・トランプの政治力学2017.1.21

<建前>引っ込み<本音>で激突

今年の世界政治の主役は、米国第45代大統領ドナルド・トランプ氏だ。好むと好まざるに関わらず、異論を差し挟む人はいないだろう。この人は確かに“危うい”。そのことは後日の機会に論ずるつもりだが、今回は“狂気”とも言える主張がなぜ受けるのか? その“文明論的背景”を考えた。

 

ズバリ、結論から言う。それは知識人でない“ただの民衆”にとって、単純明快で「分かりやすい」からだ。ここ8年続いたオバマの民主党政権時代は、いわゆる<リベラル>政治哲学が主流だった。リベラルとは「権威や権力からの自由を実現する民主主義実現の旗手」と自負する知識人たちが編み出した“カッコイイ”政治プロパガンダだ。

 

ところがオバマ政権の末期に「いろいろ美味しいことを言うが、それはあくまで<建前>で実態がない」という“白人非エリート”たちの困惑に、目ざといトランプが着目、リベラル叩きの<本音>の政治力学を開発した。

 

ところが、リベラル一辺倒の米国のマスコミ主流が、それに気づいたのはオバマ氏の後継者である民主党クリントン女史がよもやの敗北を喫してからだ。いや何を隠そう、日本のマスコミ主流の新聞出身の小生が、トランプの勝利を<建前>引っこみ<本音>の政治学の出現と悟ったのは、恥ずかしながら、さらにその後であった。

<PC(政治的妥当性)>の欺瞞への挑戦

トランプの政治哲学のエッセンスは、<PCのインチキ性の発見>である、と私は思う。PC(political correctness=形だけの政治的公正性)とは米国リベラル派の作った“政治的姿勢”のテクニックで、60年代の公民権運動や、女子やゲイの差別是正から生まれた用語だ。そもそも政治家にとって、重要なのは人間の内面的倫理ではなく、「言葉や表現、行動」など表面的な態度だ。というわけで「本音」はどうあれ「建前」さえ整っていればOK、という<実用主義的>政治手法PCが開発された。

 

PC政治は<本心>はどうであれ、人種や性別、性的嗜好についての<言葉遣い>にはとにかく気をつける。例えば、インディアンは「ネイティブ・アメリカン」。黒人は「アフリカ系アメリカ人」、ビジネスマンは「ビジネスパーソン」。クリスマスは宗教上の理由から、「ハッピーホリデイ」いやはや何をかいわんや、だ。

 

一昨年後半から実質的な選挙キャンペーンを開始した「本音主義」の男トランプは、このPCの欺瞞性に真っ向から挑戦した。「I know it is not PC, but」(これPCに反するのはわかっているけど、しかしだねえ)が、彼の演説の前置きの常套的表現だったという。 結果は効果テキメン、<きれいごとに>に愛想をつかしていた草の根の白人民衆が、早速、同感の意思表示で乗ってきた。それが、リベラル派クリントンを僅少な差とはいえ破った大番狂わせの“隠れた原因”だったのではなかろうか。

 

ネット交信を垣間見ると、今、アメリカでは「あくまで建前にすぎないPCでは政治的な公正は実現できぬ」「偽善的な大メディアは、未だにPCを支持している」とか既成の権威にたいする批判の声が大きくなっているように見受けられる。例えば、クリントンが勝利したニュージャージ州にあるフェアレイ・デキンソン大学の世論調査だが、「米国の抱える大きな問題点はPCだ」というトランプの主張を支持すると答えた人が、53に達していた。知らぬは<リベラル好き>の既成の大マスコミだけのようだ。