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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

2017年:EUは崩壊に向かうか?2017.3.21

命運握る仏・独・蘭の総選挙

1月の英国首相メイ女史の 対EU“離婚宣言”(2月11日号の本欄参照)に続き、欧州では春から夏にかけて、フランス、ドイツ、オランダの3国で、重要な国政選挙が行われる。対決の構図は、「自由と平等・EU堅持」の正統的な<リベラル派>与党 VS「反移民・EU脱退、自国ファースト」を叫ぶ野党新興勢力の<右派・大衆主義・ナショナリスト>との戦いだ。

この3国は、途中加盟の英国とは異なり、1967年発足の<ヨーロッパ共同体の原加盟6か国>の中軸だが、昨年から難民問題と<極右>政党の台頭に頭を悩ませていた。もし脱退となれば、EU崩壊につながる。だから当事国だけでなく、欧州全体の未来を占う重大な選挙なのだ。

さて、その3つの選挙とは?

(1)まずは、3月15日にあったオランダ下院選挙。EU支持派の与党・中道右派の自由民主党は議席を減らしたが第1党を守り、台風の目となっていた反EU、反難民、反イスラムを掲げるウィルダース氏の極右・自由党は第2党以下の勢力にとどまった。この結果、オランダのEU離脱は、かろうじて免れた。しかし、今後の政局は「?」だ。

(2)4〜5月。フランス大統領選挙。これがEUの命運を握る。時の人は泡沫と見なされていた“反EUの急先鋒・極右ナショナリスト政党”国民戦線を率いるマリーヌ・ルペン女史。選挙綱領は反移民と<フランス人労働者>の職の確保。EU堅持のリベラル派は「大衆迎合主義+狭量なナショナリズム」と批判するが、昨年の難民を装ったイスラム系過激派のパリ・テロ事件を契機に人気急浮上中。「諸悪の根源は、“国境なきEU”にあり」とみなす彼女が当選すればフランスのEU脱退は不可避だ。

(3)8〜10月。ドイツ連邦議会選挙。4選を目指すメルケル首相の保守系与党、キリスト教民主同盟は、支持率トップを維持しているものの、難民・移民の大量流入とテロで、逆風にさらされている。<反難民>を掲げる右派、AFD(ドイツのための選択肢)が国政選挙に初参加する。しかし今のところ、「メルケル敗北の可能性は、ほとんどなし」と予想されている。ただし彼女が4選を果たしても、フランス、オランダ、そして英国抜きのEUが存続可能か? という難問が付きまとうことだろう。

震源は「自国ファースト」のトランプ現象!

私は欧州でにわかに始まった前述の3つのの震源地は米国のトランプ大統領の<自国ファースト>主義だと思っている。第2次大戦後、歴代米国大統領は、一貫して欧州統合を目指すEUを自国の“戦略的利益”と捉えていた。ところがトランプ氏はその立場を継承せず、今年1月には「EUの難民受け入れは破滅的」などEU否定の爆弾発言をした。この発言は「国際協調本位のグローバリズムは<空論>」で、「自国の利益を第一とするナショナリズムこそ国際政治の<実体>である」ということ。それが彼の政治哲学だ。

独仏の首脳は早速、「不快の意」を表明した。だが、所詮は“ごまめの歯ぎしり”。逆に仏・独・蘭3国の選挙で脚光を浴びつつある前述の(1)〜(3)の<極右ナショナリズム政党>を勢いづかせてしまった。それは“欧州に飛び火した”トランプ主義の副作用だ。<協調と統合の求心力>から<分散の遠心力>へ。国際政治の力学は明らかに変わりつつある。