歌川令三の複眼時評
歌川 令三 プロフィール |
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。 |
<謎・なぜ>問答「イスラム国」④2016.2.21
仇花ではなく、強烈なウィルスだった!
<イスラム国>とは何か?一言で言えば、あの<9・11同時多発テロ>をやってのけたウサマ・ビンラーデンも“びっくり”のウルトラ過激派だ。でも、彼の率いた過激派、アルカイダは、同じスンニ派の人たちを大虐殺するようなことは決してしなかった。だから、アラブ人のイスラム教徒のなかには、「敵視すべき存在ではなく、むしろ“悪の異教徒帝国”に一矢を報いる痛快な正義の味方」と受け止める人々もいた。
だが<イスラム国>は、そのような異教徒への聖戦の大先輩であるはずのビンラーデンを評価せず、しかも「アルカイダは、聖戦の道を逸脱した集団でイスラム国家創立計画の邪魔者なり」と異端視している。「エッ、なぜ?」過激派にもいろいろありだ。とにもかくにもイスラム教の話はややこしい。
この連載は我々日本人にとって異文化のイスラム特有のややこしさを解きほぐすべく試みた新聞記者時代の筆友、六車護本紙社長との数時間のイスラム問答を、読み物風にまとめたものだ。
六さんが言った。「イスラム国は、欧米とか日本人とか、中東以外に居住する異教徒国に対するテロ攻撃や、ネットでの募集や、誘拐で戦士を集めているが、それが彼らの主たる目的ではない。直接の敵は身内、つまり同じイスラム教徒の国ということなのか?」と。まさしく然り。主戦場は、シリアとイラクにまたがる三日月形のスンニ派とシーア派が反目しつつ居住しているイスラム固有の土地を支配し領土化することだ。
では、なぜ彼らはそれをめざすのだろう? 実は私、2014年6月の複眼時評で、そのことを取上げた。題して「中東の“仇花”、イスラム国」(ユー・チューブで見聞した独立宣言)。
その主張は(1)第一次大戦で当時のイスラムの盟主・オスマン・トルコと交戦し勝利した英仏両国が、サイクス・ピコ協定なる密約で、メソポタミアの肥沃な土地をイラク、ヨルダン、クウェート(英国)、シリア、レバノン(フランス)に二分し山分けした(2)この協定の無効を改めて宣言する(3)この土地に新たに<イスラム国>を建設する(4)この構想を実現するために指導者、アブ・バクル・バクダディは、現代は空席となっているスンニ派の統帥カリフに就任し、イスラム教諸国を再編成する、という強烈なものだ。
<ムハマドの代理人>になれなくても・・・
彼らの掲げる黒旗には、「アラーのほかに神はなし。ムハマドはアラーの預言者なり」とある。カリフとは、この旗にある神の言葉を預かるムハマドの代理人だ。ここで六さんから「待った」がかかったのだ。「カリフ? それってオールマイティだね。でも<この人になってもらおう>という推挙がなければ、無理ではないの?
「いや、ごもっとも」私は言った。「だからもめているのだよ。7世紀、ムハマドの死後30年間<正統派カリフ>という理想の時代があった。イスラム国はそれを目指しているのだが、あくまで<自称カリフ>じゃね。スンニ派の総帥と任じている世界第4の軍事力を持つサウジアラビアは王制の死守を目指し、実力で排除をもくろみ、ムハマドの末裔の家系であるハシミテ家が支配するヨルダン王国も空爆に参加、さらにはシーア派のシリアのアサド政権は、ロシアの援助で対決、そしてシーア派の大国、イランも同じ宗派のイラクの政府軍にテコ入れし、イスラム国と対決している。
だからイスラム国の野望が、実現する見通しは、“予見しうる将来”にはない。だがその反面、米国のCIAが予測したように、5年で消えてしまうこともない。彼らは、ひよわな仇花ではなく、強烈なウイルスだったからだ。