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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

<確定申告>の行動経済学2017.4.11

〝先延ばし男〟の生活と意見

有り体に申し上げるならこの私、税務などの諸手続きから原稿書きに至るまで、締め切りギリギリまで行動しない“ものぐさ男”だ。「我、人間改造の要あり、その手初めに今年こそ早めの確定申告を」と一念発起、申告期間中日の2月末、所轄の税務署に出向いた。だが、なんと300人ほどの医療費の所得控除還付金を求める高齢者たちの税務相談で長蛇の列。「4時間待ち」だという。

所得控除対象の医療費領収証や副収入の源泉徴収票など持参、面倒な計算を窓口の税務署員にやってもらおう、との思惑は大外れ。「そんなに待っていられるかよ!」というわけで、ギリギリまでやらぬ本来の“先延ばし男”に戻ってしまった。

いやはや、<ものぐさ>のくせに<せっかち>な私。この厄介な性格は遺伝的要素に加え、若い頃の<事件記者>という職歴も影響しているらしい。つまり、新しい情報を盛り込むべく、締め切りギリギリまで取材した上で、ホット・ニュースを送稿する<職人気質>が染み付いているからだ、と思う。

というわけで、“ギリギリ男”に戻ってしまった私、締め切り前夜に一晩かけて面倒な計算を終了(年に1回だと計算のやり方を忘れてしまう)、受付最終日の3月15日の消印が押された申告書を簡易書留で税務署宛に郵送した。

「やれやれ一件、落着」。ホッとしたのもつかの間、カミさんから牽制球が。「先延ばしは、不経済。どうせ申告しなければならないのだから、早めに申告する。税務署も空いている。その方が宿題を抱えることの心の負担も小さい」と。ハイ、ハイごもっとも。経済合理性だけを考えるなら、さっさとやったほうがいいに決まっている。

だが人間の経済行動は、合理性のみで割り切れるのか? 昔の経済学は、合理的で、利己的で、利益や効用を最大限に追及する<ホモ・エコノミクス=合理的個人>を前提として理論が作られていた。だが、そんな人間は実在しない。実際はそのような“機械人間”ではなく、“感情や心理”に左右される“生身の人間”によって、“この世”は営まれている。

そこで、より現実に近い<人間モデル>を想定、<無味乾燥な数学>の代わりに<人間の心の営みに光をあてる心理学>を経済学と結婚させた。それが、今流行りの<行動経済学>だ。「我田引水の感、なきにしもあらず」だが、私の“先伸ばし癖”は、この<ナウイ理論>にかなっているなんて、思うことも…。

米国の<4月15日>は、自動車事故が“ダントツ”で多い!

この微妙な人間心理のアヤに関する学問を使って、<確定申告制度とストレスの関係>を研究した人がアメリカにいる。ドナルド・レデルマイヤーという著名な行動経済学者だ。1980年から2009年の30年間の全米の自動車の人身事故の統計を調査、確定申告の最終日(曜日の関係で多少のズレがあるが、通常は4月15日)は、高速道路を中心に1年の平均の約3割増の車同士の衝突による人身事故が発生していることを突き止めた。締め切りギリギリまで伸ばした挙句、「もはやこれまで」と渋々税務署に出頭するストレスや、胸騒ぎが運転ミスを招くのではないかという。

人間とは、まさに情念と感情の動物だ。米国の確定申告者は約8500万人だが、このうち4千万人は1か月の申告期間の最後の1週間に集中するそうだ。嫌な事、面倒な事は先伸ばし。これが人間の本性なんですよね! 不合理な行動を明らかにする学問・行動経済学は、(1)人は不合理は意思決定や行動をする習性あり(2)その行動には一定の法則性あり(3)それは経済力や学歴とは無関係――とのこと。いやはや!