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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「マール・ア・ラーゴ合意」が近い?
―ドル高是正を目指すトランプ政権―2025.03.21

トランプ政権の経済チームが「第2プラザ合意」を模索している。新協定の名称も決まっている。トランプ大統領のフロリダの邸宅にちなんで「マール・ア・ラーゴ合意」だそうだ。ドル安にして輸出が伸びたプラザ合意の再来を目論んでいるらしい。無理筋であろうが、トランプ政権は何をしでかすかわからない。それがどういうものか、頭に入れておく必要はあるだろう。

たたき台のペーパーがある。大統領経済諮問委員長のスティーブン・ミランが前職のヘッジファンド「ハドソンベイ・キャピタル」時代に発表した41ページのリポート「世界貿易システム再構築のユーザーズガイド(A User’s Guide to Restructuring the Global Trading System)」である(ハドソンベイ・キャピタルのHPで閲覧できる)。

注目すべき点を要約すれば次の4点になるだろう。(1)ドルは各国の外貨準備とされている。その結果、常に需要が発生するためドル高になっている(2)各国を安全保障や価値観によってグループ分けし関税率を決める(3)ドル高是正に向け、関税を武器に多国間あるいは2国間の交渉をする(4)各国が外貨準備として保有する米国債を期間100年のゼロクーポン債に借り換えさせる――。

これまでの米国の政策とは全然違う。非伝統的政策である。自分勝手で横暴である。危険でもあるだろう。しかし、このペーパーの作成にはミラン以外に2人の大物がからんでいる。スコット・ベッセント財務長官とケビン・ハセット国家経済会議委員長だ。

ベッセント財務長官はあのソロス・ファンドの中心人物。1992年のポンド危機を仕掛けた人物であり、また最近の円の急落局面では12億ドル以上儲けたと言われる為替のエキスパートだ。トランプ最側近のひとり。もう一人がケビン・ハセット国家経済会議委員長。トランプ1期目では大統領経済諮問委員長を務めた。理論派でやはりトランプの側近。

この3人、トランプ政権ではスジのいいエリートたちだが、言っていることは尋常ではない。そもそも、ドル安は米国の利益になるのか? そうではないだろう。米国は稼ぐ以上に消費する国で、それが慢性的経常赤字として表れている。その赤字を埋めるため国債を出し、外国政府は争ってそれを買う。ドル需要が絶えないからドル高という言い分はそうだが、それが米国の強さの証であり米国経済を維持できている源泉だ。「ドル高は米国の利益」と歴代財務長官は言ってきた。

しかし、トランプ大統領はドル安路線にこだわっている。例えば次のような発言。「日本の円であれ中国の人民元であれ、彼らが通貨を下げると我々に非常に不公平な不利益をもたらす」「私は中国の習近平国家主席や日本の首脳たちに電話をして『通貨を切り下げ続けることはできない』と伝えてきた。関税率をやや引き上げなければならなくなるだろう」。「マール・ア・ラーゴ合意」に向けた動きが始まっている、といえなくもない。

いったい次は何を言ってくるだろう。ミランのペーパーによれば「日本や中国に保有する米国債を満期100年のゼロクーポン債に交換させれば、米国は年間1兆ドルの節約になる」という。その場合、売り払うことは禁じる。ドルが必要になったら米政府が貸してやるそうである。拒絶するなら関税をかける。関税か通貨調整か、好きな方を取れ。

しかし、プラザ合意の頃と比べて世界は様変わりした。あのおり、5か国の協調介入の規模は1か月で100億ドルだったそうだが、先ごろ、日本単独で円安是正の介入をしたが、その規模が5.9兆円(370億ドル)である。為替市場は巨大化し介入で動かすのは難しくなった。そもそも、トランプ政権の狙いとする中国がこんな話に応じるわけがない。日本はどうするか? ゼロクーポン債は願い下げだが、円安是正のチャンス。応じればいいのである。蔵相はマール・ア・ラーゴに行く準備を始めよう。

(河内 孝、潮田道夫両氏の連載コラム「複眼時評」は今号で終了します。ご愛読ありがとうございました)