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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

「北」の核攻撃と日本経済2017.10.11

悪夢のシミュレーション

この原稿は、国を憂える男の“ひとりごと”。そんなことはないとは思いたいが、もし北朝鮮が日本の都市、あるいは沿岸に核弾頭を打ち込んだら、日本はどうなるか? 国会で政府に問えば、「仮定の問題にはお答えできません」で終わりだろう。だが、「北」が核を日本に落とすなんてありえないのか? 「絶対にない」を証明することを<悪魔の証明>というが、そもそもそんな証明は不可能だ。

というわけで、北の核攻撃による人的被害については、すでに幾つかの試算がある。例えば米ヘリテージ財団の軍事シミュレーションによれば「もし東京の国会議事堂上で12キロトン(広島は15キロトン)の核爆弾が炸裂したら死者42万人」と予測している。

私のテーマは「日本経済はどうなってしまうか?」だ。コンピュータや数式抜きで、経済と安全保障問題の記者30年の経験と勘による“頭の中の模擬演習”=シミュレーションを試みた。

答えは「世界史上最大規模の資本逃避が起こり日本経済は空洞化する」だった。<資本逃避>とは、国際情勢の緊迫、国内政治・経済情勢の不安定化で、日本から海外の<安全な国>に資本や資産(外資も含む)の運用先や投資先を一斉に鞍替えしてしまうことだ。人命はお金に換え難いとはいえ、日本の資本=純資産の海外への逃避は、おそらく数百兆円という途方もない金額かもしれないと思う(2017年の日本国内の総資本額は2000兆円で米国に次いで世界2位)。

日本経済の<将来評価>は「財政の巨大な赤字と少子高齢化で、いずれは没落する」が定説。でもそれは十年以上先の話。今は逆に有事にも比較的強い「安全な円」などと投資家のプロにもてはやされ、日本は世界の資本家にとっても<儲けが確保できる安全な国>と高い評価を維持している。

なぜか? それは(1)日本にはお金をたくさん持っている企業や投資家が大勢いること(2)恒常的な経常収支の大幅黒字が続いていることがあげられる。だから当面は、資本にとって「平和で豊かで、適当に儲かる」“良い国”だったからだ。

でも、そのような“有事に強い”<円の神話>は北の核の脅威でとどめを刺されてしまった。<北の核>が落ちたら、それが人里離れた僻地であっても、恐怖に駆られた資本が堰を切ったように海外の比較的安全な国(例えば米国、西欧、オーストラリアなど)に逃げ出すことだろう。

DECOUPLLING問題=「米国は本当に守ってくれるか?」

「ご心配なく。日米同盟がある」。それが大方の“平和憲法ボケ”日本人の受け止め方だ。だが<リアリスト>の私はそうは思わない。米国は日本に核が落ちても北を懲らしめるための反撃をしてくれない可能性がある。

安倍首相は、トランプ氏との蜜月関係構築に懸命だ。だが米国がロサンゼルスにまで及ばんとする進化した<北の核>の報復をも顧みず、日本をとことんまで死守してくれるか、いささか疑問ではないか?

実は1970年、米ソ冷戦時代の西欧で似たようなことが起こった。ソ連は NATO(北大西洋条約)に立ち向かうべく中距離弾道ミサイルを配備した。そのことによって、西欧は、果たして米国はとことんまで守ってくれるのか、同盟の有効性に疑心暗鬼に陥入り、西欧諸国も独自の軍事力強化に励んだ。

これをNATOの「DECOUPLLING問題」(言うなれば、米欧の夫婦にも例えられるカップル関係の亀裂)という。そのようなことが、日米同盟では発生しないとは限らない。そのためには核保有も排除しない<日本の自主防衛力>の強化が望まれるのではないだろうか。