歌川令三の複眼時評
歌川令三 プロフィール |
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。 |
実録・イージス艦見学記2017.7.11
<薄い装甲>こそ現代の軍事学
イージス艦の話をしよう。そもそも<イージス>とは、盾(たて)という意味で、航空母艦と並び現代世界の海軍(もちろん日本も含む)の主力艦の花形だ。その“かっこいい軍艦”の一つ、横須賀を母港とする米海軍の誘導ミサイル駆逐艦=USS Fitzgerald=が、6月17日未明、フィリピン船籍の貨物船と衝突、吃水線下に大穴を開けられ、十数人の死傷者を出した。
<寝耳に水>とはまさにこのこと、「夜間とはいえ世界最新鋭の軍艦が、非武装の民間の船に頭突きを食らって、浸水するとは何事ぞ!」。マスコミを先頭に非難混じりの驚きの声が上がった。世界の中でも、とりわけ軍事に明るくない“平和ボケ日本人”にとっては、ごく自然の受け止め方だ。
そういう私も、一瞬「だいたいこの軍艦、装甲が薄すぎるよ」と思った。だが、「いや、それを承知で、装甲が厚くて巨大な戦艦の後継者として登場したのが、装甲わずか8ミリのイージス。装甲300ミリもある大艦巨砲主義時代の戦艦は博物館の埠頭につながれた過去の遺物である」ことを、私の“記憶”から呼び起こしたのだ。かく言う私、「イージス艦に乗艦した経験あり」なのだ。
ある全国紙記者を辞めてから、私は中曽根康弘元首相の主宰する世界平和研究所の理事を務めたことがある。ちょうど10年前のこと、当時、防衛庁から主任研究員として出向していた二等海佐のY氏=現在某大学院教授=から「現代の海戦の花形新鋭艦をご存知ですか? 横須賀の米海軍基地に行きましょう」と誘われた。
そこで乗艦したのが、今回の衝突事故を起こしたのと同型のイージス駆逐艦だ。彼は<戦艦大和の最期>をもって、“海の軍事学”の時計が止まってしまった旧世代の私に、横須賀までの車中、<新しい軍艦学>を伝授してくれた。
「なぜ装甲が薄いのか?電子機器をたくさん装備するためよ!」
21世紀の海戦は「お互いに肉眼で見える距離で大砲を打ち合うのではなく、遥か彼方に位置しながら、レーダーで探り合い対艦ミサイルを打ち合う。だから装甲を頑丈にしても意味なし。むしろアンテナの方が重要。それがイージス艦の真髄だ」と。
米海軍の広報はなかなか積極的だった。艦内には30人ほどの日本人見学者が招待されていた。電子機器部門の指揮をとる女性の海軍中佐が、説明役で「イージス艦の元祖は米国だが、日本も世界有数の保有国になりつつある」との紹介に始まる。(1)イージス艦の基本は防空システムであって対艦システムではない(2)大型で高性能の広域監視能力(3)優れた艦隊防空システム(4)センサーと指揮管制、武器の3者統合と自動化など、説明があった。
<何か質問は>と問われたので、「どうして軍艦なのに装甲がこんなに薄いのですか?」とあえて聞いてみた。「厚くて重い装甲を施すくらいなら、その分、性能のいい電子機器を積んだ方がいい。現代の海戦は、軍艦同士の砲撃戦ではない。敵のイージス艦に先に見つけられたらこちらの負けです。双方の電子機器の優劣で決まる戦争なのですよ」と。
だから、「重い電子機器のために装甲を薄くして艦全体の重量を下げる」。いやはやごもっとも。そこがエレクトロニクス戦争に疎い<戦艦大和時代の少国民>である“小生の海軍軍事学”の弱点かも。でも「それにしても、深夜、接近した非武装の民間の船に大穴を開けられるとは…。
こういうのを最先端電子兵器システムの持つ盲点、<弁慶の泣きどころ>というのではないでしょうか?