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「知」に備えあれば憂いなし

歌川令三の複眼時評

歌川令三 プロフィール
横浜国大経済学部卒。毎日新聞社に入社、ワシントン特派員、経済部長、取締役編集局長などを経て退社。中曽根康弘氏の世界平和研究所設立に加わり、主席研究員。現在、多摩大大学院客員教授。著書に「地球紀行 渡る世界は鬼もいる」(中央公論社)「新聞がなくなる日」(草思社)など。

なぜ「21世紀の資本」は“ヤバイ”か(下)2016.7.1

日本経済への"不吉な"予言

この連載はフランスの経済学者ピケティの世界的ベストセラー「21世紀の資本」の書評だ。エッセンスは「資本所得の収益率が労働などによる国民所得の成長率を上回る(r>g)と、資本主義は自動的に持続不可能な格差を生み出す」というヤバイご託宣にある。今、米国はこの<格差資本主義>の“危ない路線”を驀進中だが(前号の「サンダース人気」を参照されたし)日本もその例外ではない。

ピケティは、欧米先進諸国の長期にわたるデータを分析、世界大戦期をのぞけば、資本収益率(r)は5%、所得成長率(g)は1~2%前後であることを突き止めた。では日本はどうか? 私の経済記者時代の1960年代から70年代のいわゆる<奇跡の高度成長期>は、国民所得が急速に伸び<一億総中流化>社会を謳歌したものだ。だがこれは、“古き良き時代”の思い出でしかない。

バブル崩壊の90年代以降、資本と所得の収益力が開きだした。資本・所得比率は、1970年の3.2倍から、2015年には7倍に拡大、いよいよ「富める者ますます富み、貧しき者ますます貧す」時代がやってきた。

格差拡大期入りした日本。「経済の拡大はまず富者を豊かにするが、やがて貧者の懐も潤う」というtrickle down(おこぼれ)仮説はもう通用しない。そして(1)高齢・少子化で成長率はさらに低下、所得の格差拡大が加速する(2)非正規雇用者の比率が増え、しかも正規労働者との給与格差が広がる(3)低い経済成長率は資産保有の格差を広げる(4)労働による稼ぎよりも、親からの相続資産が“経済的幸せ”の決め手になりがちだ。

以上のような格差を和らげるには、どんな手があるのか。「21世紀の資本」が示す処方箋には(a)経済成長(b)緩やかなインフレ(継続的に物価上昇すると金融資産の価値が目減りするので、そのお金が実物投資に向かう。これはアベノミクスの目指す路線でもある)(c)累進資本・資産課税の導入。そして(d)教育や社会保障の拡充、さらには(e)技術の普及と技能の向上――が示されている。

<第4次産業革命>は、格差是正の即効薬か?

安倍政権は新たな成長戦略として、人工知能(AI)やビッグデータ(IOT)などの先端技術を育成し、産業の高度化を図る「日本再興戦略2016」を閣議決定した。日本版<第4次産業革命>だ。この構想は、今後、少子化で生産年齢人口比率が低下に伴う深刻な“人手不足時代の到来”を見込み、ロボット化など動作を伴う人間の作業を大幅に軽減する技術の発展が進むと予見している。将来戦略はそれで良い。

だが、移行期には大きな社会的な摩擦が起こる。例えば、日本ではデフレの20年間で、しわ寄せが若者におよび、技術も身につかず低賃金の非正規雇用者が大勢いる。新たな産業革命の中で「技能ある者」「なき者」との格差はさらに拡大する。

では今、何を為すべきか? 国も企業も<若い人材育成>のための巨額な教育投資を行うこと。それが「21世紀の資本主義」が生き残る条件なのだろう。(次号につづく)