潮田道夫の複眼時評
潮田道夫 プロフィール |
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。 |
大相撲は興行である2017.12.11
「虚実皮膜」のおもしろさ
週刊ポストが大相撲の「八百長」問題を盛んに取り上げた時期があった。そして新聞やテレビの記者が「知っていて書かない」ことを非難した。
運動部のベテラン記者に「なぜ書かないの?」と聞くと、しばらく考えて「まあ、相撲は興行だからなあ」という答えだった。私はそれで「なるほど」と了解した。「興行」とはおカネを頂戴しておこなう見世物であり、高校野球とはワケが違う。
シカゴ大学のスティーブン・レビットという教授が『ヤバい経済学(Freakonomics)』という本の一節で大相撲のことを書いている。1989年1月〜2000年1月の間の力士281人、3万2000番の勝負を分析した。すると7勝7敗の力士が8勝6敗(つまり勝ち越しが決まっている力士)を倒し自分も勝ち越す割合は79.6%にのぼった。確率論的には48.7%のはずなのがとんでもない異常値である。八百長というか「忖度」というか、何かが行われているのは明白である。
今回の日馬富士事件のキッカケはモンゴル出身力士の集まりである「モンゴル互助会」の席上、貴ノ岩が初場所14日目、白鵬に勝った(それで稀勢の里の優勝が決定)ことを誇って、白鵬に「八百長野郎」とつぶやいたことだったそうだ。
ちなみに貴ノ岩はこの場所、11勝4敗で殊勲賞。大事な取り組みでは星を回し合い相互扶助を図る組織の掟を破った。それで日馬富士にヤキをいれられるハメになった。『週刊アサヒ芸能』の記事だから真偽は保証しないが、「なるほど」ではある。
興味深いのは当事者の日馬富士と貴ノ岩の間では話が付いていたらしいのに、貴ノ岩の師匠の貴乃花親方が傷害事件として警察に告発したことである。告発は理解できるが、そのことを相撲協会の理事会に黙っていた、というのが「おやおや」である。そのせいで協会の対応が遅れ、大騒ぎになった。つまり、貴乃花親方は意識的に騒ぎにしたのである。
週刊誌各誌の「識者」の受け売りであるが、貴乃花親方は「八百長野郎」の集まりである「モンゴル互助会」を嫌い、門弟の貴ノ岩に互助会から距離をおくように命じていた、という。「モンゴル互助会」を通じて相撲界全体を牛耳るようになった白鵬を、日本相撲の伝統を汚し、将来を危うくするものと見ていたらしい。逆に白鵬や日馬富士からすれば、貴ノ岩は組織の「裏切りもの」である。早晩、どこかで弾けるはずの問題だった。
これを「相撲興行論」の観点からみれば、貴乃花は「反興行派」つまり「ガチンコ相撲」派であって、「モンゴル互助会」=「興行」派の追い落としがねらいらしい。そしていまの相撲協会理事会は、モンゴル互助会のやりたい放題を許すダラ幹集団ということになる。
「モンゴル互助会」が果たして八百長の温床なのか、白鵬の思い上がりがどの程度のものか知らない。あの「万歳三唱」事件を見ると、違和感をおぼえはするが。
私は「大相撲は興行」と割り切っているので、いまの協会のシステムの中で力士が相互保身を図るのはやむをえまい、と思っている。すべての取り組みでガチンコ勝負するに越したことはないが、それでは身がもつまい。
しかし、興行だからダラケてよいことにはならない。客に対し対価に見合った興奮と喜びを提供できなければ滅びるほかない。相撲もまた近松門左衛門の名言「虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、この間に慰(なぐさみ)が有るもの也」を噛みしめるべきであろう。