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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

バフェット氏に見込まれた総合商社
-「似たもの同士」がその理由?-2020.10.01

米国の大富豪、ウォーレン・バフェット氏が日本の5大商社に60億ドル(約6400億円)を投資し、発行済み株式の各々5パーセントを取得したというので兜町に衝撃が走った。株価次第では9.9パーセントまで買い増すという。

バフェット氏はバークシャー・ハサウェイという持ち株会社を率いて、金融・鉄道・流通・ハイテク、石油など優良企業を押し目買いする「バリュー投資」で知られる“投資の神様”。フォーブス誌の長者番付では総資産約7兆5000億円で世界4位の大金持ちだ。 バフェット氏はかねがね「私はアメリカを買う。妙なものには手を出さない」と公言し、銀行やハイテクなど投資の王道を貫いて来た。彼に投資してもらった企業は長期的な成長が期待できる一流銘柄、という評価となる。しかし、誰もが思った。「日本の商社ってそんな有望企業だったっけ」。

日本の総合商社は「ラーメンからミサイルまで」と言われるように何にでも手を出し、全体像をつかむのが難しい日本独特の存在。英経済紙フィナンシャルタイムズはその得体の知れなさについてこう書いている。

<そのうちの1社は絶滅危惧種「クロマグロ」の取扱量が世界最大規模で、別の1社はシベリアの刑務所の管理システムを構築した。もう1社は経営幹部の思考力を高めるため庭用のスイングチェアを設置したばかりで、他の1社は史上最悪レベルの取引スキャンダルに関与した。そして5つ目の会社は、15世紀イタリアの画家ボッティチェリが描いた「美しきシモネッタの肖像」を役員室の外に飾っている>。

バフェット氏の投資理由でその筋がいうのは、第一に「割安感」。株価純資産倍率(PBR、株価を1株当たり純資産で割ったもの)は伊藤忠商事を除き「1」を割っている。つまり、その会社が潰れて清算したら投資金額以上のお金が株主に入ってくる。不当に評価が低いと見ることができる。さらに、ゼロ金利時代なのに配当利回りが高い。三菱商事など5パーセントを超している。

また、バフェット氏は日本の商社を「資源株」とみなして買った、という説がある。バフェット氏の父親は「ペーパーマネーは経済を混乱させる」として「金本位制」を主張していたような人だが、息子はこれまで何度も金(ゴールド)ブームがあったのに全く関心を示さなかった。「金はピカピカして綺麗だが何の価値も生み出さない」と。

そのバフェット氏が今年、にわかにカナダのバリック・ゴールド株に約600億円を投じて人を驚かせた。その流れではないか、というのだ。確かに三菱商事、三井物産、伊藤忠商事、丸紅、住友商事の5大商社は石炭(原料炭)、石油・天然ガス、鉄鉱石、ボーキサイト、銅、金、ウラニウムなどの資源開発の権益確保を進めてきた。近年の商社のメインの収益源で、例えば三菱商事が豪州で進める製鉄用原料炭の採掘は世界一の規模だ。日本の天然ガスの5パーセントを供給するサハリンⅡは三井物産と三菱商事が大株主だ。

だが、結局のところバフェット氏が商社に着目した最大の理由は、日本の商社が自分の会社、バークシャー・ハサウェイと似通っていることを発見したためではないか。商社は企業間取引の仲介で手数料を稼ぐビジネスモデルなため、企業が力をつけてくれば要らなくなる業態とみなされた時期があった。しかし、そうした商社不要論は今日では一掃され、就職人気ランキングでは最上位に位置する。世界に展開するネットワークからの情報力と豊富な資金力で、企業買収や海外の資源ビジネスに進出し、失敗も多々あるが収益の柱に育てている。資源に限らず三菱商事がローソンを傘下に収めたごとく儲かるとなれば、コンビニへの進出もいとわない。

バークシャー・ハサウェイの本領も、世界各地で投資機会を渉猟し、これはと思えば果敢に打って出ることにある。全体像がつかみにくいと言われる商社だが、バフェット氏には理解しやすかったのであろう。