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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

中国に忖度しまくりのWHO2020.03.11

-これでコロナウイルスに勝てるのか?-

新型コロナウイルス肺炎では腑に落ちぬことがあまたあるが、世界保健機関(WHO)の執行部とりわけテドロス事務局長が妙に中国をかばっていることもそのひとつである。WHOがこの問題の初期に中国に遠慮せず素早く動いていれば、ここまで酷いことにはならなかった。そういう批判も強い。

中国湖北省武漢市の病院が「武漢肺炎」の異常に気付いて中央に報告したのは昨年12月8日らしいが、その情報は水面下に抑え込まれていた。しかし、治療にあたっていた李文亮という医師が12月30日、SNSで内部告発。中国当局はついに隠蔽できなくなって翌日WHOに通報することになる。

それでも中国政府は1月3日「いかなる個人、組織も無断でウイルス情報を流すな」と情報統制を強化、李医師らを訓戒処分とした。気の毒なことにこの医師はウイルス感染で2月6日死亡してしまった。2002〜2003年のSARSのとき「情報隠し」で世界中から非難された中国だが、今回も初期の対応に失敗した。

世界に警報を発してパンデミックを防ぐのがWHOの任務だが、及び腰だった。WHOは1月22日から2日間、緊急委員会で事態を分析したが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の宣言を見送った。

米ウォールストリート・ジャーナルは、WHOが緊急事態宣言を早期に宣言しなかったのは「経済や指導部のイメージを損なうとする中国の懸念をWHOが重視した結果だ」と指摘。フランスのルモンドも中国の圧力に屈したWHOを批判した。テドロス事務局長は1月28日北京に飛び、習近平主席と会談、あろうことか中国をべた褒めした。中国共産党の準機関紙「環球時報」によれば事務局長は次のように述べたという。

「新型コロナウイルスの発生封じ込めと海外への拡散防止に中国が非常に真剣な措置を講じたことは国際社会の感謝と敬意に値する」「中国が短時間で病原体を特定しすぐに共有したことは、診断ツールの急速な開発につながる」「中国トップのコミットメントのレベルは信じられないほどだ」

国際機関の危うさ

さすがにテドロス批判が燃え盛って、辞任要求の声が世界各地で上がったが、テドロス氏は2月12日の記者会見で開き直った。「中国のしたことを認めて何が悪いのか」「中国は感染の拡大を遅らせるために武漢市の封鎖など多くのよいことをしている」

このテドロスという事務局長はいったいどういう男なのか。エチオピアの保健相として功績があったらしいが、WHO事務局長になったのは中国がアフリカ票の取りまとめに動いたからである。中国はアフリカ諸国に多大の援助と直接投資を行い、アフリカ諸国は中国の意に逆らえなくなっている。

中国はテドロス氏の前任者の選挙でも、香港のマーガレット・チャン氏を擁立し当選させている。WHOはチャン事務局長時代の2010年、インフルエンザの「パンデミック(世界的流行)」を宣言、製薬会社に大量のワクチンを発注したが、実際はパンデミックに至らずワクチンは廃棄処分となった。後にこのときの諮問委員に製薬会社から巨額のリベートが渡っていたことが発覚したが、チャン事務局長は不問に付した。

日本人の多くは国際機関を世界平和の守護神だとナイーブに信じているが、実際はこのような不正が横行する世界である。また、生臭い国際政治の現場でもある。

例えばWHOは中国の意を受けて台湾をコロナウイルス対策の枠組みから除外している。日米欧の各国がWHOに再考を求めているが、テドロス事務局長には応じる気配がない。

アメリカはユネスコなど国連諸機関が中国やアラブ諸国の手先になっていると非難、分担金の支払いを拒否するなどしてきたが、昨年イスラエルともども正式にユネスコから脱退した。その当否はさておき、日本も国際機関をめぐる国際政治をもっとシビアに見つめていく必要があるだろう。