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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

エネルギー政策に中国のカゲ?
―国家電網公司のロゴ入り資料―2024.04.21

再生可能エネルギーの拡大をめざす内閣府のタスクフォース。河野太郎デジタル相の所管である。そこに提出された資料に中国の国営電力会社「国家電網公司」のロゴが「透かし」で入っていたから大騒ぎだ。

資料の提出者は公益財団法人「自然エネルギー財団」の大林ミカ事業局長。中国政府の意向を代弁してきたのではないか?

と疑う声が噴出して、タスクフォースの辞任に追い込まれた。

大林氏は今回の件は資料作成技術上の単純ミスであって、中国の影響は受けておらず国のエネルギー政策をゆがめたことはないと釈明した。ただ「混乱を引き起こした」から辞任するのだという。

では、なぜ大混乱となったのか。それは相手が中国だからである。これがドイツとかノルウェーの企業・団体ならひんしゅくは買ってもここまでの騒ぎにはならなかっただろう。

中国の国家電網公司とは何か。中国国有、世界最大の電力会社だ。太陽光発電や風力発電といった新エネルギーの設備容量も世界一。2018年のフォーチュン世界企業500社売上高番付で2位になっている。

自然エネルギー財団は2016年、「アジア国際送電網研究会」を設置、ソウルで中国の国家電網公司、韓国電力公社、モンゴル政府エネルギー省などを招いてワークショップを開催した。その際に中国を含む各国の提案を大林氏が集約して一本の資料を作ったが、ロゴを消し忘れたという。それをその後も使い回ししたらしい。金融庁、経済産業省にもロゴ入り資料を提出していた。

自然エネルギー財団は「アジアスーパーグリッド(ASG)」を提唱する。アジア各地の太陽光、風力、水力などの自然エネルギー資源を、送電線をつないで相互融通しようというものだ。日本や韓国、中国、ロシア、モンゴル、インド、東南アジアを総延長距離3万6000キロメートルの送電網で連結する、という。

これを今、実際に実行しているのが中国の国家電網公司である。あの「一帯一路」の電力版だ。中国は「西電東送(西部で発電して東部に送電する)」に努力した結果、高圧送電技術では世界一だ。2003年のフィリピン電網への出資を皮切りに、ブラジル、ポルトガル、イタリア、ギリシャ、豪州の送電事業に参加し、総投資額は日本円で3兆円を超えるらしい。送電線をつなぐ「電力連携」はロシア、モンゴル、ミャンマー、ラオス、ベトナム、北朝鮮、カンボジアに及ぶ。中央アジア諸国、パキスタンとも協議中という。中国側のメリットはたくさんあるが、中国の送電技術を「標準」にする(技術覇権の確立)ことで電力市場を独占することを狙っている、と言われる。

自然エネルギー財団は「ASGは中国の国家発電網が発案したものではない」「東日本大震災後、電力問題解決のために提案した」「増田寛也氏の日本創生会議も同様の構想を提案した」などと説明している。

国境を越えた送電線網は世界にいくつも例がある。たとえば欧州。ドイツは原発ゼロを達成し発電量の半分を再生可能エネルギーで賄っている。それができるのは、国際送電網で発電の過不足を調整できるからだ。具体的には原発大国フランスがドイツの安全弁だ。フランスが突然電力供給を停止することなどあり得ない。しかし、日本がロシア、韓国、中国と海底の送電網で一体化するというのはリスクが大きすぎるのではないか。

フィリピンは親中派のアロヨ政権時代、国家送電会社(NGCP)の株式の40%を中国に譲渡、2009年から全国の送電システムの建設・整備を中国に委ねた。しかし、今になって後悔しているように見える。フィリピン人技術者の立ち入りが拒否されるなどの事件が起き、安全保障上の懸念が高まっている。フィリピン大統領府は実態把握の調査を行い、必要であればNGCPの支配権を取り戻す、との声明を出した。後悔先に立たず、もって他山の石とすべきではないか。