警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

経営者は懸命に火の粉を払う2020.7.01

―人種差別のポリティカル・コレクトネス―

米中西部ミネソタ州ミネアポリスで5月25日、白人警官に首を押さえ付けられた黒人男性が死亡したのを機に、「差別」の歴史を点検して「political correctness(ポリティカル・コレクトネス=ポリコレ)」を要求する運動が燎原の火のように広がっている。この言葉は「特定の人々(の気持ち)を害する言動を避ける」(オクスフォード英英辞典)という原則である。アメリカでは黒人について、奴隷を連想させる「ニグロ」と言わず「アフリカン・アメリカン」というが如きである。

日本でも私が小学生の頃はクレヨンの色として「肌色」というのがあった。だが、いまはペンテルでは「ペールオレンジ」、サクラクレパス等では「うすだいだい」に変わっている。日本人の中にはいわゆる「肌色」でない皮膚の色のひとがいて、差別と感じるかもしれないからである。例えばプロ野球の広島で鉄人と呼ばれた故・衣笠祥雄氏は父がアフリカ系アメリカ人でいわゆる肌色ではなかった。

警官暴行への反応は、まずは猛烈な抗議デモだった。ホワイトハウス前のデモ隊が車に放火するなど荒れ狂ったので、トランプ大統領はホワイトハウス内のバンカーと呼ばれる核シェルターに逃げ込む醜態を晒した。だが、デモの嵐だけでは済まず差別の歴史や意識の見直しを求める動きに火がついたのが、これまでと趣を異にする点だ。米議会下院のペロシ議長は奴隷解放記念日の6月19日の前日、南北戦争で奴隷制を支持した南軍の高官や将官を務めた元下院議長4人の肖像画の撤去を命じた。

ロシ議長がこういう挙に出たのは、建国時の指導者や南北戦争(1861〜65年)で黒人奴隷制を維持した南部連合(南軍)の将軍などの記念像が、全国各地で相次ぎなぎ倒され、それが一つの「民意」となったからだ。南部バージニア州の州都リッチモンド市では南部連合のデービス大統領の像がデモ参加者に引き倒され、州知事は南軍のリー将軍の記念碑も撤去すると表明した。

火の粉はイタリア出身の探検家コロンブスの像に及び、リッチモンド、ボストンなど各地で破壊された。コロンブスは先住民(ネイティブアメリカン)虐殺の時代を招いたと糾弾されたのである。コロンブスが批判されるべき歴史的犯罪者かどうか見方は分かれるだろうが、ポリティカル・コレクトネスという「正義」を求める熱狂はビジネス世界を巻き込み米国は異様な空気に包まれている。

人種差別や奴隷制をめぐるポリティカル・コレクトネスに沈黙したり背を向けることは、ビジネス上の重大なリスクと、経営者たちは認識したようだ。

米小売り大手ウォルマートは有色人種の採用拡大や、差別解消のために5年で1億ドル(約107億円)を拠出すると表明。スポーツ用品のアディダスは米国での採用の3割以上を黒人とヒスパニック(中南米系)にすると発表した。300社以上のCEOが人種差別反対を表明、バンク・オブ・アメリカ(バンカメ)が10億ドル(約1080億円)など差別撤廃運動への資金協力を申し出る企業が相次いだ。また、アマゾン・ドット・コムやマイクロソフトは顔認証技術を警察に提供しないこととした。白人に比べ黒人の識別精度が低く、黒人の冤罪の原因ともなっていると批判されていた。

ポリティカル・コレクトネスの追求は常に行き過ぎの危険を伴う。化学大手のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は、アジアや中東での美白化粧品の販売を中止する。「白い肌を推奨している」企業と烙印を押されかねないと先手を打ったわけだが、やや滑稽にも見える。

差別問題に鈍感でそれを煽るような言動のトランプ大統領。秋の大統領選をにらんで民主党のカゲもちらつくポリコレである。これはちっとやそっとでは収まりそうもない。ワシントンポスト紙は、いま米国は人種問題での「歴史的瞬間」を迎えているとして、1ダースの記者を人種の多様性と一体化を担当する専属にするそうだ。