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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「ソ連化」?それとも「日本化」?
―おかしくなった中国経済―2024.02.01

正月をはさんで「ソ連化する中国」と「日本化する中国」という二つの講演を聞いた。いずれも近頃の中国の変調(ことに経済の停滞)について、一方は「ソ連化」であると論じ、もう一方は「日本化」の帰結とするものだった。

「日本化」はよく聞くが「ソ連化」は初耳だった。これは日本記者クラブの年末の講演会で、呉軍華・日本総合研究所上席理事が掲げたドグマである。「コロンブスの卵」ですね。私は呉さんに言われるまで聞いたことがなかった。

そもそもの話をすれば、中国の発展は鄧小平の「改革・開放」によってもたらされた。習近平に注目する余り、言及されることが少なくなったが、全てはこれが始まりだ。文化大革命で破壊された中国経済を立て直すため、鄧小平が1978年に発した大号令である。

一言でいえば教条主義的な共産主義から、立ち位置を資本主義に移していくということだ。これが奏功した。とくに2001年12月のWTO(世界貿易機関)加盟以降の経済成長はすさまじく、アッという間に日本を抜き去った。早晩、米国をも上回るという見方が有力だ。ところが、その雲行きが怪しくなって、議論百出なのが現状である。

中国経済がさえないのは、無論、人口要因が大きい。GDPは人口とカネと智恵の掛け算の結果である。人口が減れば成長にブレーキが掛かる。だが、今日の停滞はすでに鄧小平の「改革・開放」の中に埋め込まれていたのだ、というのが「ソ連化する中国」論である。

ソ連も実は大発展した時期があった。レーニンが1921年に打ち出した「新経済政策(NEP)」が成功したのだ。ソ連経済はフルシチョフ時代にピークを迎え、ブレジネフ時代に崩壊が始まる。中国の現在は、ソ連のブレジネフ時代にあたるのではないか、というのが呉さんの見立てだ。

というのも「改革・開放」のルーツは「新経済政策」にあり、共通するものが多い。レーニンは欧米と経済交流を再開し、農民に穀物の自由販売を許し、民間企業の設立を認めた。鄧小平は特区をつくって外資を導入し、人民公社を解体した。これによって資本を手に入れ生産性が上がって繁栄の時代を迎えた。

しかし、この二つの政策はいずれも「共産党独裁」をより確かなものにするためのものだった。経済は政治の召使であって主人ではない。枠内での資本主義。図に乗りすぎた企業経営者は弾圧される。

米国や欧州は中国経済の発展は中国の「民主化」につながると考えてきた。しかし、それは共産党一党独裁の崩壊に他ならない。中国共産党がなんとしても避けなければならないことだ。欧米の甘言に乗ってはいけない。「和平演変」のワナに気をつけろ、である。

共産党独裁体制と市場経済は結局、共存できない。その「制度のワナ」によってソ連経済は停滞・崩壊に至った。中国もその轍を踏みつつあるのが現状、という主張である。

一方の「中国の日本化」論は(1)不動産神話による経済のバブル化(2)自信過剰(夜郎自大)(3)少子高齢化など、日中に共通点があり中国が長期停滞に陥る危険があるというものだ。ただ、中国は中央政府の財政は健全であり、日本を教訓に乱暴なバブル潰しはしないから、日本化するかどうかはカジ取り次第、という穏当なもので新味はなかった。

中国は「ソ連化」か「日本化」か。どちらにしても「中国迷走」に最も敏感なのは中国人自身だろう。チャイナマネーが日本にものすごい勢いで流れ込んでいる。東京湾岸のタワーマンションが人気だが、一説にはその2割を中国人が買っているという。日経平均が正月に一段高を演じて市場が湧いたが、あれもチャイナマネーらしい。中国人がリスクヘッジを急いでいる。

もっとも、人のことは言えない。今の円安は日本の将来に見切りをつけた庶民のキャピタルフライト(資本の海外逃避)のせいという。出遅れたが、今から米国株でも買いますか。