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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

米中冷戦で勝つのは米国2020.6.11

―「ドル」の優位が覇権を支える―

国際政治の論壇で、超売れっ子の一人がスコットランド出身の歴史学者ニーアル・ファーガソン(Niall Ferguson)だ。グーグルで検索すると有名媒体に出ずっぱりである。

表題の「米中冷戦」は、格闘技の試合を見るようなものでわかりやすいから、どこかで毎日のように論じられている。論者はいずれも留保をつけて慎重ではあるが、米国の旗色が悪いように見える。

例えば「Gゼロ」というキーワードで有名になったシンク・タンク「ユーラシアグループ」の総帥イアン・ブレマーは、ポスト・コロナの世界は指導者無き世界(=Gゼロ)が現実になり中国が台頭するという。フランスの超党派のシンクタンク「モンテーニュ研究所」はドミニク・モイジ研究員の論考で、コロナ後の世界は米国が弱体化しアジアの勢力拡大が特徴だという。アジアとは中国とインドのことだろう。

確かにトランプ大統領を見ていると、目を覆いたくなることばかりだ。コロナ感染を甘く見てベトナム戦争の戦死者の2倍以上の感染死を出してしまったのが最大の失敗だ。そして中国との覇権争いでも、中国になくて米国にある最大の資産は同盟国の多さと堅固さなのに、同盟国の軽視ないし敵視でドイツやフランスのアメリカ離れを招いてしまった。中国も失敗続きだから何とかなっている。「戦狼外交」というそうだが、居丈高な喧嘩腰の外交は見方につけるべき欧州勢からも総スカンを食った。

さて、問題は米中どっちが勝つのだ、ということだった。先にちょっと触れたように皆慎重である。ではあるが中国は五分以上の勝負をするのではないか、という論者がほとんどだ。

しかし、ファーガソンはっきり勝者は米国、と言い切っている。

冷戦後の米中の密接な融合関係を「チャイメリカ」と呼んで、これを流行語にしたのが他ならぬファーガソンだが、チャイメリカは崩壊するという。毎日新聞のインタビューを引用しよう。

<米国覇権の終わりを語るのは今、ファッショナブルな言論だ。(中略)しかし、トランプ氏の言動や性格から目を離すと、違ったものが見えてくる>

<空前の金融危機でもある現状で決定権を握っているのは米連邦準備制度理事会(FRB)か、それとも中国人民銀行か。手元に置きたい通貨は米ドルか、人民元か。答えはFRBでありドルだ。「ツイート」ではなく「カネの流れ」を注視しよう。そうすれば、米国がいまだに支配的存在であることが明確に分かる>

そう、これが見逃してならないポイントである。覇権はさまざまな表れ方をするが最も的確に世界の権力と権威の所在を示すのは通貨、なのである。早い話、人民元ではサウジアラビアをはじめ産油国は原油を売ってくれないのだ。中国の米国債の保有高は1兆780億ドルで日本に次いで世界2位なのも、中国がドルをありがたがっているからだ(チャイメリカは米国債の発行と引受を通じて、米中が持ちつ持たれつの共栄関係であることを言うものだった)。

危機防いだ「ドル供給」

さて、ほとんど報じられなかったが、実はコロナ感染が世界的に拡大した3月、世界はドル不足から金融危機寸前の事態を迎えていた。コロナ禍で投資資金が一斉に新興国から逃げ出しドルに流れ込んだ。その結果、世界中がドル不足になり資金繰りがつかなくなっていたのだ。これを救ったのが米連邦準備制度理事会(FRB)である。日欧の5つの中央銀行と結んでいたスワップ協定を発動、続いてメキシコ、ブラジルなど9つの中銀ともスワップラインを設定するなどして果断にドルを供給し、危機を未然に防いだのである。

ファーガソンを再引用する。

<人類の歴史で、超大国や主導的な帝国が存在しなかった時期はあまりない。「リーダー不在の世界」はまやかしであり非現実的な考えだ。科学技術や軍事力、文化といった面で米国は今も圧倒的に優位であり、70年代の「ポスト・アメリカ時代」論が誤りだったように、2020年代も誤りとなるだろう>

私も全く同感である。