警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「パリは燃えているか?」2018.12.21

-「イエス、地方の反乱です」-

『パリは燃えているか』は1966年の米仏合作映画で、占領下のパリの解放劇である。ヒトラーは撤退前にパリを焼き尽くせと命じるが、独軍司令官は美しいパリを破壊するに忍びず、命令を無視して降伏する。ヒトラーは「パリは燃えているか」と何度も問い合わせる。しかし、ついに期待した返事は到着しなかった。レジスタンスを美化しすぎているような気もするが、まあ、面白く見ることができる。

パリの壮麗整然とした街区開発は、日本でいえば江戸時代末期のナポレオン三世治下で行われた。窓から糞尿をぶちまけて暮らしているような街がきれいになり、下水道などインフラも整った。その後の各国の首都づくりの手本となり、ナチ占領軍も破壊をためらう見事な首都となった。

パリ大改造には隠された狙いがあった。その頃、ごちゃごちゃした貧民街が随所にあって、そこが帝政に対する不平分子の巣窟となり、しばしば騒乱の発生源となった。道路拡張や街区整備を機に、その根拠地を一掃したのである。頭いいね。

ご想像の通り、今回のテーマはパリで発生した「黄色いベスト」運動である。デモの段階を通り越して「暴動」と呼ぶべき事態となった。フランスでは車に緊急時着用のための蛍光色のベスト搭載が義務付けられている。それを着てマクロン政権の「燃料税引き上げ」に抗議行動しようという一労働者の呼びかけが、SNSを通じて拡散しついに騒乱状態に発展した。建物は燃えていないがそこら中で車がひっくり返され放火された。「パリは燃えてしまった」のである。

パリに住居を見つける、つまりアパートの部屋を確保するのは簡単でない。慢性的住宅難である。それなりの階級でないと住めないのであって、そういう連中は今回の騒ぎの主役ではない。ナポレオン三世の政策は成功している。

つまり騒動の中核はフランスの田舎の住民である。マクロン大統領は24歳年上の高校時代の女教師に惚れて一緒になったことが話題になるが、実はとびっきりのエリート官僚あがりだ。そしていわゆる市場主義のグローバリゼーション政策を推進している。

いちいちその政策を論じることはしないが、貧富の差そして都市と田舎の格差が拡大している。フランスの田園地帯の美しさは比類がないが、実はバスや鉄道の廃止、小さな商店街の衰微などでものすごく暮らしにくくなっている。日本の田舎も同様でどの家も自動車(日本は軽自動車が席巻していますね)がなくては暮らせないが、フランスも同様。燃料代の上昇は「頭にくる」出来事だった。

「金持ち優遇」見直しへ

こういうグローバリゼーションに伴う格差拡大は、就任して間がないマクロン大統領のせいではないが、エリートだから言うことが田舎の人の気に障る。「ガソリンが高いなら電気自動車を買えばいい」なんて。おいおい、フランス革命でギロチンで首をハネられたマリー・アントワネット並みの無神経さだ。で、ついにさまざまな「金持ち優遇」と非難される政策の見直しに追い込まれた。

この事態に対し、ひとそれぞれに思うところがあるだろうが、私はデモというか直接行動の威力に感心した。いうまでもなく2010年末以来の「アラブの春」で実証済みだが、先進国でも有効なんだね。

日本では例の学生運動「シールズ」の騒ぎなどがあったが、結局無力であった。私見では怒りの程度とデモのやり方が中途半端だったからだ。扇動する気は全くないが「黄色いベスト」みたいに気合を入れたら話は違ってくる。そうならないのは、意外にもフランス人より日本人が「暮らせている」からであろう。いつまで続くかは怪しいと思うけれど。