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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

金を買い増す中央銀行2019.02.11

-地政学リスクの高まり示す-

人はむかしから金(ゴールド)に非常な価値を認めてきた。「なぜか」を論じ始めるとこの稿が終わるのでやめる。ひとつあげれば通貨はときに大暴落するが、金は価格の上下動はあってもおおむね価値が保全されるからである。だから、戦争や動乱でひどい目にあってきた民族ほど金を珍重する。ということは、金の売買が活発になるということは不吉の兆しといってよい。

金の国際調査機関ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によれば、昨年、各国中央銀行と国際通貨基金(IMF)などの公的機関が購入した金の総量が、金・ドル兌換が廃止された1971年度以降で最高となった。購入総量は651.5トンで前年比74パーセント増という。実は欧州通貨危機の翌年の2010年以降、中央銀行全体では9年連続で金の買い越しが続いている。

WGCがその顕著な例として指摘しているのは、まずロシア。外貨準備として保有する米国債を売りその代金で274トンも金を買い総保有量は2113トンとなった。この動き、つまり「ドル離れ(金へのシフト)」は13年連続だ。いかにもプーチン流である。

クルド人問題をめぐって米国と喧嘩しているトルコも51.5トン増やした。カザフスタンも50.6トン買った。ロシアと仲良しの独裁国家でウラン産出量世界一。

中国は金の買い増しをほとんどしてこなかったが、昨年はめずらしく10トン増やした。同様に新規参入組が増えたのが昨年の特徴で、ハンガリー、ポーランド、モンゴル、イラクなどが金保有を増やしている。要は世界情勢が不透明で「地政学リスク」が増大しているのが原因であり、今年もこの流れが続きそうだという。

参考までに金保有量ランキングを示しておくと(昨年末、単位トン、端数切捨て)(1)米国8133(2)ドイツ3369(3)IMF2814(4)イタリア2451(5)フランス2436(6)ロシア2113(7)中国1852(8)スイス1040(9)日本765(10)オランダ612。

眺めているとあれこれ考えますな。同じ敗戦国なのにドイツと日本の金保有量に大差がある。ドイツの外貨準備の70パーセントが金、一方日本はたったの2.5パーセントでほとんどが米国債である。国民性の差、つまりは金への執着心の違い、そして米国への信頼度(従属度)の差というしかないようだ。

冷戦下、ソ連侵攻の脅威に直面していたドイツは、その金を米英仏(ほとんど米国)に預けた。冷戦が終わったから海外保管の半分を本国に引き上げようとしたが米国はウンと言わない。怪しんだドイツが「せめて見せてくれ」と頼んだがそれも拒否。米国は何年も引き延ばした末、ようやくドイツに移送した。

ところが返ってきた金塊の刻印はドイツが預けた際のものと異なっていた、という話がある。金相場の上昇はドルの下落だから、ニューヨーク連銀が金の先物市場に介入して価格をコントロールしている、というのは公然の秘密だ。いや、先物だけでなく現物の出入りもかなりある、という人もいる。多分、陰謀好きサークルの作り話だろう。だが、ドイツ政府自身、戻ってきた金塊を国会議員にすら見せるのを拒んでいるのはどうしたわけだ。

ハイパーインフレで大混乱の南米ベネズエラ。マドゥロ大統領は反米で知られる。先日、英国中央銀行に対し預けている金塊(12億ドル相当)の引き渡しを求めたが、拒否された。英国にそんな権利あるのか?

さて本邦の金はほぼ全量を米国に預けてある。財務官僚に聞くと「それがなにか?」。ま、日本に置いておくと「売って景気対策に使え」とかワケのわからぬことをいいだす人がでてきそうだから、それでいいか。