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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

米中貿易戦争のゴングが鳴った2018.7.21

-ハイテク世界の覇権をかけて-

中国の知的財産権保護が十分でない、というか、いい加減なことは世間周知のことである。しかし、トランプ米大統領がいきなり「通商法301条」で中国製品5〜6兆円分に25パーセントの制裁関税を課したのは乱暴ではないか。中国も直ちに米国の農産品などに報復措置を発表し「貿易戦争」のゴングが鳴ってしまった。

それにしても、301条ってまだあったのか、とちょっと驚いた。大統領の胸先三寸で悪者認定してそいつを制裁できる。いわゆる「一方的措置」という法律であり、世界貿易機関(WTO)のルールに違反している疑いが濃厚である。

日米通商摩擦が華やかな1980〜90年代、米国の武器は二つ。一つはダンピング提訴で、もう一つがこの301条だった。ウルグアイ・ラウンドという多国間貿易交渉で日本が目指したのは、この二つを無力化することだった。

ウルグアイ・ラウンドがまとまってWTOができ「紛争処理」はルールに基づいて粛々とやる、ということになったはずだった。WTO発足の1995年以来、301条発動のニュースを聞かないから、消滅したものだと思っていたが、残していたのだねえ。

「亡霊がふたたび現れた」。世界の通商関係者がのけぞっている。時代が30年も逆戻りしてしまったような違和感。時代遅れの経済学である。しかしながらこの時期、米国にオバケが現れたについては、それなりの事情と必然があった。

米国が中国に突きつけたさまざまな要求のうち、気になるのは中国が2015年に策定した「中国制造2025」を放棄するよう迫っていることだ。これは中華人民共和国成立100年の2049年には、米国を上回るハイテク国家になることを目指す中国版の産業政策である。米国は3年前には問題にしなかったのに、にわかに脅威を感じ始めた。なぜなら中国は「国家資本主義」の国であり、他の国にはない強力な武器があることをこの間痛感したからである。たとえば、(1)国際協定違反の政府補助金を企業につぎ込む(2)政府系ファンドで外国のハイテク企業を買収する(3)中国進出の見返りに外国企業に技術移転を強要する(4)サイバー攻撃で企業秘密を盗む(5)法外なカネで海外の最高頭脳を引っ張ってくる、等々である。

米ハドソン研究所のマイケル・ピルズベリー中国戦略センター所長の『チャイナ2049』によれば「中国は建国以来100年をかけて米国の軍事・経済の世界覇権を奪取する遠大な戦略を秘密裏に遂行している」ということになる。かつての日本脅威論や日本異質論を思わせる煽りっぷりだ。

中国も逃げるわけにいかない。たとえばアイフォン。中国から米国に輸出する形になっているが、付加価値のほとんどは外国企業に属し中国に落ちるカネは10パーセントにも満たない。ハイテク化に国家の運命がかかっている。

スマホでは華為技術(ファーウェイ)という独自ブランドを育てた。数年後にはアイフォンもサムスンも抜き去ろうかという勢いだが、米国は露骨に邪魔をし始めた。米司法省はイラン制裁違反の疑いで捜査を開始。また、米市場への足掛かりとして米通信大手のAT&Tとの提携を模索していたが、政治圧力で破談になった。

トランプ政権は確かにヒステリックだが、中国も傲慢が過ぎた。中国躍進の道を開いた鄧小平は「才能を隠して内に力を蓄えよ(韜光養晦)」と諭したが、仮面を脱ぐのが早すぎたかもしれない。