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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

日本車は米国安全保障の脅威?2019.6.1

-数量規制へのとんでもないロジック-

トヨタ自動車はおよそ米政府に異議申し立てなどしない会社だ。「金持ちケンカせず」なのである。しかし、こんどばかりはムッとしたらしい。

トランプ大統領が商務省報告に基づき、「米国資本でない自動車、自動車部品は安全保障上の脅威」と言ったからである。トヨタの豊田章男社長は「長年にわたる米国での投資と雇用への貢献が歓迎されないかのようなメッセージには日本の自動車産業として大変驚いている」と反発した。

米国の通商協議の主敵は中国であり、日本や欧州は刺身のツマは言い過ぎにしても、優先順位はかなり低い。日本については農産品(とりわけ牛肉)と自動車の貿易不均衡が2大交渉事項である。日米貿易には巨大な不均衡が存在する。昨年の対米輸出額は15.5兆円に対し、米国からの輸入は9.0兆円。その主因は自動車にある。

自動車輸出は4.5兆円(175万台)なのに米車は105億円(2万台)でしかない。米車は品質が良くなっているが、だからといってどうしても欲しくなる車ではない。米メーカーも日本でシェアがとれると思わないから販売投資をしない。そもそも、今回、米国メーカーは「日本市場開放」など一言も要求していない。あきらめている。

日本はこれまでの長い日米経済摩擦の過程で、最終的には米国の要求を大部分受け入れてきた。国防を米国に依存しているのだから仕方ない。自動車については輸入を増やせないのだから輸出を減らすしかない。

トヨタは米国に600億ドル(6兆6000億円)を投じて工場を10か所も建て、輸出を現地生産に振り替えてきたのである。直接雇用13万人、ディーラー10万人、関連部品企業47万人の雇用を生み出した。

工場立地州はアラバマ、カリフォルニア、インディアナ、ケンタッキー、ミシシッピ、ミズーリ、テネシー、ウェストバージニアである。トランプ大統領はカリフォルニアを除くすべての州で大統領選を勝利した。インディアナ州にはトヨタのほかホンダ、スバルの工場があるが、ペンス副大統領が州知事時代に誘致したものだ。

というわけで、日米通商交渉において日本側としては、牛肉の関税引き下げで最大限に恩を着せ、自動車に関しては追加的な対米直接投資の上乗せ(現地生産の増加)程度で決着させる腹積もりだった。しかし、トランプ発言は「米国資本」でない外資の工場は「脅威」などというのだから、ちゃぶ台返しだ。

欧州も米国に譲歩を迫られているが、膠着状態。「言うことを聞かないと自動車関税を25パーセントにするぞ」という脅しは180日間猶予された。

さて、自動車交渉は結局どうなるのか。トランプ発言のもとになった商務省報告を見ると大意こういっている。「米国人が保有するメーカーの研究開発投資が遅れれば、技術革新を遅らせ米国の安全保障を損なう恐れがある。だから輸入を減らして国内の競争条件を改善する必要がある」。これは「現地生産を増やすだけではだめで輸出数量規制をのめ」という意味に読める。

数量規制は世界貿易機関(WTO)のルール違反である。しかし、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しを強制されたカナダ、メキシコの両国は最終的にこれを受け入れた。実績とそう変わらない数量だったからだ。つまりは、なにか目に見える「トロフィー」をトランプに渡す必要がある。大統領選が始まっているのだから。25パーセント関税よりNAFTA的決着がまし、という判断もありうるだろう。