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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

日和見主義の挽歌が聞こえる?
―ハイブリッド車は大人気だが―2024.03.11

かつて経済学といえばマルクス経済学(マル経)だった。今は誰からも相手にされなくなった。これは我らの暮らしが資本主義ですっかり豊かになって、プロレタリア革命がお呼びでなくなったからだろう。

しかし、彼らの言説の中にはなかなかいいのもある。たとえば服部之総の『黒船前後・志士と経済他十六篇』(岩波文庫)という本などそうだ。所収の『黒船前後』を近頃読み返してずいぶん啓発された。

服部は戦前の「日本資本主義論争」で「明治維新はブルジョワ革命」とする「労農派」の論客筆頭で、そうではないとする「講座派」と激しく論争した。前者だと直ちに社会主義革命を目指せということになり、後者だとその前にブルジョワ革命を一枚噛ませろ(2段階革命)ということになる。今となってはどっちでもいいようなものだが、あの頃の学者にとっては大問題だった。

それはともかく、服部の論文のテーマは帆船から汽船への移行期に出現した「機帆船」である。帆船と汽船のいいとこ取りを狙って、洋上航海は帆による風力で行い、沿岸では蒸気機関を用いる。幕末に来航した米国ペリー提督の「黒船」がまさにこれであった。ペリーの旗艦「サスケハナ号」は蒸気機関を動力とする外輪船だが、マストも3本備える帆船でもあった。

服部はこう書いている。「一見、補助汽走船(機帆船)はうまくいくように思える。風のあるかぎり帆を掲げて、一文も使わず時にいいかげんな汽船以上の速力もでる。天候一変すればエンジンをかけて稼ぐから」である。

しかし「所詮それは不可能であった」。能力が向上した汽船にそれでも帆をかけて風力を使おうとすると、帆柱や帆ゲタ、帆を支える綱や金具、さらにそれを扱う船員などのコストがかさみ「不経済」となるからだ。

というわけで、機帆船は帆船に取って代わるものではなく、帆船とともに消え去るほかない存在だったのだ、と結論する。結論の一文がいい。「帆船挽歌はついに日和見主義の挽歌であった」。

日本資本主義論争がだいぶシコっている。論敵の講座派を機帆船に見立てて、折衷主義だと断罪し、2段階革命などと日和っていないで、直ちに社会主義革命に立てと言っている…のであろう。

前置きが長くなった。服部が折衷主義・日和見主義と批判する機帆船であるが、現代に当てはめると、EV(電気自動車)に対するハイブリッド車ではないか。

大雑把に言って前者はモーターで走り、後者はモーターとエンジンの併用である。CO2規制の強化で排気ガスを出さないEVがこれからの自動車の主役と言われるが、日本車メーカーことにトヨタはモーターとエンジンのいいとこドリを狙うハイブリッド車で圧倒的な強みを示している。そこで問われるのが、ハイブリッド車は現代の機帆船であって、いずれ淘汰される運命なのではないか、トヨタは時代を読み誤って危険な折衷主義・日和見主義に陥っているのではないか、という問題だ。

EVをめぐっては、状況が一変している。一時の熱狂が去り、米国でもEUでもEVの伸びが止まった。米国での販売台数はここ半年、月10万台前後で頭打ち。在庫が積み上がって新車の平均販売価格は1年前の約6万5000ドルから5万2000ドルに下がった。フォードやGMがEV投資を縮小・停止しただけでなく、アップルはEV参入を断念した。いま売れているのはハイブリッド車で、結果としてトヨタやホンダなど日本車メーカーは史上最高益を享受している。

とはいうものの、ハイブリッド車という折衷主義・日和見主義への順風がいつまで続くのか危ういものがある。電池の性能は日進月歩であり、いずれEVがハイブリッド車を駆逐するのは、機帆船の運命を見ればわかるではないか。あのトヨタのことだからそれは想定内…であることを願う。