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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

米中対立は「文明の衝突」か?2020.02.21

――「日本文明」の立ち位置が問われる――

今年、令和2(2020)年は、わが国最古の正史『日本書紀』が編纂(へんさん)された養老4(720)年から1300年にあたる。それに因んで先頃、東京国立博物館で「出雲と大和」特別展が開かれた。

日本書紀は冒頭で「国譲り神話」を語る。天の国である高天原が、地上の国である葦原中国(あしはらのなかつくに)すなわち日本列島の支配権を出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)から受け継ぐという話である。

以来、出雲は「幽」=祭司、大和は「顕」=政治を担うことになった。古代の出雲大社の社殿は15階建てのビルに相当する高さ48メートルの巨大木造神殿だったそうである。出土した神殿の柱の巨大さを見れば納得する。

ともあれ、大和朝廷が日本の各地の首長たちを次々と服属させていった歴史的過程をこの国譲り神話が示している。

日本はその後、中国由来の宗教、政治制度、文化の圧倒的影響のもとに、大きく変容していくわけだが、それでも固有の「出雲と大和」は消滅せず、今日に引き継がれている。中国の周辺国は中華文明に取り込まれ、韓国に至っては「小中華」であることを誇ったが、日本は中国から距離を置いた。

ハーバード大学のサミュエル・ハンチントン教授は「文明」とは本来、異なる文明に対し非寛容なものであり、冷戦後の世界では「文明の衝突」が起きると予言した。その中で日本は中国の「儒教文明」とは別の「日本文明」であると規定しているが、この展観など見るとそれが直ちに了解される。

文明の衝突論は多くの論者によって粗雑だと批判されている。まあ、確かにそのきらいはあるが、博物館で日本精神のユニークな古層をつらつら眺めたせいか、日本、中国、米国の文明の衝突について、改めて思いを巡らした。

ソ連とは違う競争相手

いまホットなのは言うまでもなく米国と中国である。トランプ政権の対中政策はこの「文明の衝突史観」に基づいているらしい。やや旧聞に属するが、米国務省のキロン・スキナー政策立案局長が昨年4月末、安全保障関連のフォーラムで米中間の競争は「全く異なる文明同士の、異なるイデオロギーの戦いだ」と発言したことにそれが知れる。中国は「非白人の競争相手」である点で、かつてのソ連とは違うと強調、質疑応答の中で、これがハンチントンの文明の衝突論に沿ったものであることを認めた。

中国は敏感に反発している。中国共産党の機関紙「人民日報」の別働隊「環球時報」は数日後、「ワシントンは『異質文明との戦い』と称して中国への敵意を扇動している。その目的は傍観者的立場にある西側諸国をけしかけ、中国封じ込めの試みに加担させることにある」と。

しかしながら、そうは言いつつ中国も米中対立は「文明の衝突」だと考えているようだ。昨年5月、北京で開かれた「アジア文明対話大会」。日本からは福田康夫元首相が出席したが、習主席は「一部の人々は自らの文明が最も優れていると考え、“文明の衝突”に執着し、ついには戦争や災難を引き起こした」(『北京週報日本語版』)と米国を批判した。だが、「文明」を冠したアジア地域の大集会を主催したそのことが、中国がいかに「文明」を重視しているかを雄弁に語っている。

そもそも、習近平主席は国家目標に「中国の夢」の実現を掲げている。それは中国建国100年の2049年に政治・経済・軍事・文化の全領域で「中国の偉大な復興」を完成させるというものであり、世界経済の3分の1を占めアジアの盟主として君臨した清朝乾隆帝の治世の復活を目指す。その時立ち現れるのが「社会主義現代化強国」だと言うのだが、これは「西洋文明」では成し遂げられず中国固有の文明で初めて実現する。これを聞けば米国が中国政策を文明の衝突の枠組みで構築するのは、むしろ自然であり当然と言うべきかもしれない。

いずれにしても米中対立が市場開放の取引で収まるようなものでないことは明らかである。「日本文明」の立ち位置は言うまでもなく非常に悩ましい。