警備保障タイムズ下層イメージ画像

「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

リベラル派が呼号するMMT2019.03.21

-国債大増発でも財政破綻はない?-

米国で「リベラル」が復権しつつあることを前回書いた。2020年米大統領選を前に雪辱を期す米民主党では、リベラル派の出馬の動きが相次いでいる。そしてリベラルとは何よりも「気前がいい」ことがその本義であることを強調した。

気前がいいとは国家財政においては「大盤振る舞い」ということである。リベラルというより社会主義者というべき民主党のバーニー・サンダース上院議員も出馬を表明したが、彼は税金による「国民皆保険」の実現を掲げる。ある試算では、そんなことをすれば米予算の3分の1の160兆円もかかる。トランプ大統領はオバマ前大統領の医療制度改革「オバマ・ケア」を目の敵にして廃止に追い込もうとしてきたが、これはそれどころではない「大きな政府」だ。

米下院議員に史上最年少の28歳で当選したアレクサンドリア・オカシオ=コルテス議員はサンダース選対の知恵袋であり、米リベラル派のマドンナである。彼女は「グリーン・ニューディール」(GND)というエネルギー政策を提案する。「今後10年以内に全米のエネルギーを100パーセント再生可能エネルギーに変える」というものだ。これには330兆円かかるといわれる。

サンダースは金持ちに「富裕税」をかけるといい、オカシオ=コルテスは所得税の最高税率を70パーセントに引き上げるというが、現実的ではない。にもかかわらず、リベラル派が大盤振る舞いに強気なのは、MMT(Modern Monetary Theory、現代金融理論)という不思議な経済理論に支えられているからだ。「国債増発でドル札を刷りまくればいい。財政破綻はあり得ない」という異端の経済学だ。

国債の大増発は金利上昇をまねき金融不安から国債が暴落し財政破綻に至る、というのが経済学の常識だった。しかし、自国通貨で国債を発行できる国はそんなおそれはない、というのだ(共通通貨ユーロを使っているギリシャなどはダメ)。

正統派経済学者はそろってこのММTを否定している。ノーベル賞学者のポール・クルーグマン、ラリー・サマーズ元財務長官ら財政拡張に親和的なリベラル派ですら一蹴している。にもかかわらずMMTは政治的に大人気だ。これが本当なら、国民皆保険もグリーン・ニューディールも、あるいは減税も軍拡も思いのままにできる。誰にとっても好都合。

MMT派は「事実が理論の正しさを証明している」という。米国でもそうだが、ことに日本に当てはまる。国と地方の借金総額は国内総生産(GDP)の約200パーセント(米国は約100パーセント)に達し目がくらみそう。新規国債はなお大量発行が続き残高は累増の一途だ。

ところが金利はまったく上昇しないどころか下がっている。これまでの常識が通じない。日本の場合は日本銀行が国債が出るとすぐ市中から買い入れて値下がりさせないのが大きいが、欧米先進国でも低金利が続いている。

なぜ、そんなことになったのか。いろいろ議論はあるが、答えは出ていない。しかしながら、名目金利が名目成長率より低くとどまる限り、国の債務総額のGDP比は年々低下していく。それはすなわち財政が発散しない(コントロールされている)ということを意味する。財政はビクともしない。

そうすると問題はつまり、いつまでそのような低金利は続くのかということになる。これもまた、よくわからないから困る。ある日、人々が突然「国債はあぶない」と思い始める。そのときがXデーだが、その気配はいまのところ全くない。MMTという妖怪がしばらく世界を徘徊しそうである。