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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

サウジの「暴走」が今年のリスク要因2018.4.21

-サウジvsイランの危ない覇権争い-

世界各国の軍事費ランキングを見ると、最大なのはもちろん米国で他国の追随を許さない。日本円換算で60兆円以上。2位中国のざっと3倍。3位はたいした経済力もないのに(GDPは日本の半分もない)ロシアである。まあ、ここまでの順位は想定内。しかし第4位がサウジアラビアである。これは意外。

サウジアラビアはムスリム(イスラム教徒)にとっての聖地、メッカ、メジナを抱える。イスラム世界の中心だ。メッカはイスラムの至高の預言者ムハンマドの生誕地、彼が迫害されて移住した先がメジナである。

イスラム教のスンニ派を奉じるがその中でも厳格なワッハーブ派である。復古的な禁欲主義の国だ。権力者は別である。昔、駐日サウジ大使の内輪のパーティーに招かれたことがあったが、酒は飲み放題で、半裸の美女のエロティックなベリーダンスも堪能させてもらった。アラビアンナイトですな。

しかし、過激派の産地でもある。同時多発テロの首謀者ウサマ・ビン・ラディン。かれは湾岸戦争の折、米国がムスリムの聖地アラビアに軍事基地を設置したのに怒り、反米ジハード(聖戦)を開始した。

サウジはロシア、アメリカと産油量世界一を争う国である。莫大な石油収入で所得税はゼロ、教育や医療が無料。ガソリン価格は当然ながら非常に安くリッター30円程度である。金満国家だが、しかし、世界4位の軍事費は分不相応だ。国内総生産(GDP)は世界20位、人口は41位でしかないのだ。

サウジには軍備を強化したい理由がある。同じイスラム教でも宗派の違うシーア派のリーダー、イランが中東の覇権奪取に動いているからだ。アラブの盟主を自認するサウジにとっては脅威である。両国間系は悪化の一途で一昨年には断交に至った。サウジの周辺国、イラク、シリア、レバノン、イエメンは親イラン勢力に乗っ取られつつある。

PHP研究所の「2018年グローバル・リスク」の5番目に「サウジの『暴走』が引き金を引く中東秩序の再編」があがっている。サウジの皇太子ムハンマド・ビン・サルマーンは国内のライバルをパージし権力を一手に握った。そして「親サウジ・反イランブロック」を形成しようとしたが、トルコやカタールが離反して失敗。ついには「宿敵」のはずのイスラエルに接近、トランプ政権との一体化を進めている。今のところイエメン等での「代理戦争」段階だが、直接の武力衝突が起きる可能性を指摘する向きもある。

というわけで、サウジはせっせと軍備増強に励んでいるわけだが、さすがの金満国家もフトコロが寂しくなってきた。サウジ王家の独裁を正当化するためのバラマキ財政で赤字が続いている。石油価格の低迷が原因だが、歳出カットは国内の騒擾を引き起こしかねないからできないのである。

サウジは「ビジョン2030」と銘打った政治・経済改革に踏み出した。脱石油経済の確立が最大の眼目だ。また、女性の権利拡大(運転免許を許可、サッカー観戦もOK)とか観光解禁(サウジはこれまで観光ビザを発行しなかった)とか、なかなか開明的である(保守派から見れば「暴走」)。

で、先立つものはカネ。このため、世界最大の石油会社「アラムコ」の上場・公開を模索している。ムハンマド皇太子はアラムコの企業価値は「2兆ドル」と主張する。日本円で210兆円近辺。トヨタの時価総額が約22兆円だから10倍近い。

しかし、アラムコはサウジ王家の財産で、経営は秘密のベールに包まれている。透明性を求める世界の取引所の上場基準をクリアするのが難しい。また、最近のフィナンシャル・タイムズは「価値はせいぜい1兆ドル」とする分析記事を載せていた。サウジの前途は多事多端。今年は「サウジ・リスク」に要注目だ。