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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

ベトナムのGrabは超便利だった
―日本でも始まるライドシェア―2024.02.21

ベトナムの今年のテト(旧正月)休みは2月8日〜14日の7日間である。観光が不便になるその前に、ベトナム中部のダナン、フエ、ホイアンの各都市を回ってきた。

名所旧跡の話ではない。今度の旅で一番驚いたことをお伝えする。それは「Grab(グラブ)」というアプリによる配車サービスの便利さである。日本でスマホにこのアプリを入れ、名前、電話、メールアドレス、クレジットカード情報を登録して、ベトナムに飛んだ。

ダナン空港に到着。中心街のホテルに行くにはバスかタクシーしかない。バスはホテルの前に着くわけではない。タクシーはぼったくりが横行している。実際、怪しげな客引きの強引さは想像以上だった。そこでGrab。アプリを開いて車のマークを押す(バイクも呼べる。運転手の背中にしがみつく)。そして目的地のホテル名か住所を打ち込む。私の現在地はGPSで自動的に通知がいく。

するといくつかの車が名乗りをあげる。提示してくる料金がバラバラ。顧客満足度の差だそうだ。ま、適当に決定すると、車の車種、ナンバープレート、運転手の名前が表示され、同時にその車がこちらに向かって動いている様子が表示される。早ければ数分で来る。ナンバー等確認して、乗り込む。会話してもいいが英語ができない運転手が多いから黙っている。

目的地に到着。スーツケースを下ろしてくれる。ではバイバイ。それだけ。運賃はカードから自動的に差し引かれるので金の受け渡しの面倒がない。ぼったくりなし、チップなし、ドアツードア、そして安い。だからどこに行くにもGrabになった。Grabは自家用車で稼ぎたい人のほか、既存のタクシー会社とも契約して配車している。ただ、今回の旅で使ったのは全部自家用車でどれもピカピカだった。

アメリカではUberが同種サービスをやっている。2009年、カリフォルニアで創立され瞬く間に全米に広がり、世界900以上の都市圏で事業展開している。Grabは東南アジア版のUberだ。8か国でサービスを展開、東南アジアからUberを駆逐した。料理の配送など多彩なサービスを手がける点も同じである。中国ではDiDi。世界各地で同種のサービスが普及している。

Uberは当然、日本進出を図ったがあえなく失敗した(付帯事業の出前サービス=「ウーバーイーツ」は成功だ)。理由はあれこれあるが、つまるところ、タクシー業界の反対が強く国土交通省と永田町が動かなかったからだ。

しかし、政府もとうとう重い腰を上げた。岸田文雄首相は12月20日、一般のドライバーが自家用車を使って有料で客を運ぶライドシェアを、来年4月から一部解禁すると表明した。インバウンド(訪日外国人)の回復などでタクシー需要が高まっているのに、運転手が減り続けている。また、過疎地の公共交通機関が維持できなくなっており、こうした問題への対応策である。菅義偉前首相や河野太郎デジタル相らが後押ししている。

決まっているのは大枠だけ。(1)タクシー不足の地域・時間帯限定。(2)配車アプリを使う。(3)タクシー会社が運行を管理する――である。この仕組みであればタクシー会社倒産という事態にはならないだろう。ライドシェアの運転手の場合、2種免許不要、地理試験免除になるので、運転手不足の緩和が期待できる。タクシー大手は既に人員確保に動いている。

しかし、問題は山積だ。(1)山間地でライドシェアが成り立つか、(2)利用者の多い都心部だけに集中しないか、(3)事故が起きたときの責任の所在は、(4)料金の決め方などなど。今後6月までに細目を詰めるというが、どういうことになるかよく見えない。タクシーより安くなるとは限らない。米国のUberの運賃は最近、タクシーより高いらしい。日本の場合、とりわけバスやタクシーが消えてしまった山間地で、ライドシェアが住民の足になれるか、よほど柔軟な制度でないと実現できないだろう。