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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

日本のホタテ買いません!
ー高まる一方のチャイナ・リスクー2023.10.11

サンマの不良が何年も続いていたが、今年は久しぶりに豊漁の気配だ。北海道、岩手、宮城などの漁港では昨年の2〜3倍の水揚げと言う。魚体がいいのに店頭価格は昨年より安くなった。

サンマは韓国や台湾でも庶民の味として人気だが、中国本土ではそれほどでもなかった。それが近頃、サンマの消費が急速に伸びた。ただ、食べ方は日本とは異なる。塩焼きも食べないではないらしいが、もっぱら「蒲焼き」のようである。甘辛くこってりした味付けになっているという。

中国は9月、日本が福島原発の「処理水」の海洋放出を始めたのを批判、日本産水産物の輸入停止に踏み切った。海が汚染されてしまったから、そこで獲れた魚は危険で食えないそうだ。

ところが、中国の漁船が日本近海に大挙して押し寄せ、盛大にサンマを獲っている。日本漁船の獲ったサンマは危ないが、中国漁船が獲れば安全らしい。呆れたダブルスタンダードである。「本当に危険だと思っていたら、中国漁船に日本近海で操業することを禁じるはずだが、そういう気配がないのは、本当に危険だと思っていないという証拠」(鈴木一人東大教授)だろう。

処理水について国際原子力機関(IAEA)は7月、(1)海洋放出は国際的安全基準に合致(2)環境への影響は無視できる水準――との報告書を発表している。IAEAは核拡散防止のため各国の核処理を監視している機関であり信頼度は高い。この判定に逆らって危険だと騒いでいるのは、中国と中国から援助を受けている国、つまりロシアとかソロモン諸島ぐらいのものだ。韓国も海洋放出を容認している。

中国の自由貿易ルールを無視した横暴な振る舞いは初めてではない。中国の反政府作家にノーベル平和賞を与えたノルウェーに対してはサーモンの輸入を中止し、コロナのウイルス調査を求めた豪州にはワインの輸入停止で報復、「台湾代表処」設置を認めたリトアニアに関しては、リトアニア産の部品を組み込んだ製品輸入を禁止した。日本については尖閣問題を機にレアアースの輸出停止をしている。このような中国の「経済的威圧」は130件にも及び、5月の広島G7サミットでは連携して対処することを申し合わせた。

処理水をめぐる中国の水産品輸入禁止で最も影響が大きいのは「ホタテ貝」である。日本の水産物輸出は年々伸びて昨年は1兆4148億円になったが、品目別でトップがホタテ貝で、前年比40%増の910億円だった。これがストップし北海道などの産地では在庫の山となっている。

この事態が示しているのは中国依存を高めることの危険性である。実は農林水産省自身がホタテの対中輸出の急速な伸びについて、警鐘を鳴らしていた。2019年の「農林水産研究31号」に掲載された「ホタテガイの中国向け輸出拡大と国内産地への影響等に関する考察」は「(対中ホタテ輸出は)しばらく続く可能性はあるが将来的に安定して行われる保証はない」と警告している。

理由は処理水問題ではない。中国は2009年まではホタテの輸入をしていなかった。大連などで大々的にホタテを養殖し需要を満たしていたからだ。

その養殖の水揚げがなんらかの理由で激減した。その代替として日本から大量に買い付け始めたのであり、3人の論文執筆者(水産庁関係者)は中国国内の養殖が回復すれば日本からの輸入は大きく減少するだろう――として、国内の販路の拡大、輸出先の分散などを提言していた。今回は予想とは違う理由で対中輸出の激減に見舞われたが、遅かれ早かれ直面しなければならない事態だったのかもしれない。

ともあれ中国が経済的威圧をやめる可能性はない。それどころか反スパイ法の改正など困惑せざるを得ない方向に突っ走っている。「チャイナ・リスク」は確実に高まっており、中国とはそのリスクを強く意識して付き合うほかない。