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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「リブラ」はヤマネコ銀行か?2019.8.01

-フェイスブック仮想通貨の行方-

フェイスブックは利用者が27億人もいる世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で、時価総額5842億ドル(世界3位)というから約63兆円。日本最大のトヨタのざっと3倍の企業価値という市場の評価である。まあ、化け物だ。

そこがついにというか、「リブラ」という仮想通貨を来年から始める、と言い出したから大騒ぎである。

以前、この欄で仮想通貨ビットコインを取り上げ、値動きが激しいから投機の対象にはなっても、マネーの最も重要な機能である「決済」には向かないという話をした。リブラもまた、ブロックチェーンというネットワークに分散されているデジタル台帳の技術を使う点では同じだ。

しかし、ビットコインと違って米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円といった主要通貨を、価値を裏付ける準備資産とする。これによって値動きが小さくなり、送金や決済に使える「通貨」となる仕掛けだ。

フェイスブックのほかにVISAやマスターカード、オンライン決済大手のペイパル、配車サービスのウーバー、仮想通貨取引所のコインベースなど28社が発起人に名を連ね、各々最低で1000万ドルを出資するという。つまりVISAカードが使えるところではリブラでの支払いが可能になる、ということだ。

フェイスブックはえらく殊勝なことを言っている。大きなメリットは、銀行口座を持たない人々、送金手数料が高くて困っている途上国からの出稼ぎ労働者に、金融サービスを提供できる点だ、と。

しかし、ウォールストリート・ジャーナルに皮肉な記事が出ていた。リブラの購入者が払い込んだお金は「リブラ協会」が政府証券などの安全資産で保全するが、その利息は参加企業で山分けされ利用者には還元されない。これは政府・中央銀行の特権である通貨発行益(シニョレッジ)と同じ代物ではないか、というのである。なるほど。

銀行口座を持たない人の1割が10ドル分のリブラを買い、フェイスブックのユーザーの半分が50ドル投じたとすると、資産総額は610億ドルとなり、運営費用を差し引いても、出資のリターンは毎年40パーセントになるだろうと計算している。

ともあれ、リブラについては不明な点が数多くあり、期待も大きいが不安も大きい。通貨監督当局・中央銀行は総じて警戒的だ。マネーロンダリングに使われるとか、金融政策の障害になりかねないとか、まあ、確かにそういう懸念はあるだろう。

さらに、フェイスブックは8700万人分の個人情報を流出させた前科があり、この7月に米連邦取引委員会に制裁金5400億円の支払いが決定した。リブラでも情報流出がおきるのではないかと疑う人は多い。

米議会ではバッシングの嵐だ。さる下院民主党議員はこう尋ねた。「リブラはヤマネコ銀行とどこが違うのか?」。

アメリカでは19世紀に中央銀行が廃され、あらゆる銀行がお札(銀行券)を発行できた時期があった。そこらの雑貨屋が発行する例さえあって大混乱を起こした。リブラもその類だろうというのである(ヤマネコ銀行の名前の由来は取り付けを恐れてヤマネコしか住んでいないような辺(へん)鄙(ぴ)な場所に店を構えたから、という)。

リブラは21世紀の夢の通貨か、貧乏人の救世主か、はたまた通貨秩序の紊乱(びんらん)者か、それともヤマネコ銀行か、どういう結論に落ち着くか、楽しみなことである。