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「知」に備えあれば憂いなし

潮田道夫の複眼時評

潮田道夫 プロフィール
東京大学経済学部卒、毎日新聞社に入社。経済部記者、ワシントン特派員、経済部長、論説委員長などを歴任し退社。現在、帝京大学教授で毎日新聞客員論説委員。内外の諸問題を軽妙な筆致で考察する「名うてのコラムニスト」として知られています。著書に「不機嫌なアメリカ人」(日本評論社刊)、「追いやられる日本」(毎日新聞社刊)など。

「中国幻想」から目覚めた欧米諸国2018.6.11

-重商主義と国家資本主義には付き合えない-

欧米諸国の中国観が様変わりしつつある。欧米のメーンストリームの政治家・研究者が公然と「対中警戒感」を語るようになった。

このコラムで『フォーリン・アフェアーズ』の今年3月号にダートマス大准教授ジェニファー・リンドが「中国が支配するアジアを受け入れるのか――中国の覇権と日本の安全保障政策」という論考が載ったことを紹介した。

これに続いて、同誌4月号にはカート・キャンベル元米国務次官補(東アジア・太平洋担当)とイーライ・ラトナー元米副大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)が連名で「対中幻想に決別した新アプローチを――中国の変化に期待するのは止めよ」を発表した。ふたりとも民主党の外交チームの重要メンバーであり、潮目がはっきり変わったことを告げる重要論文だ。

米国だけではない。欧州にも対中不信が広がっている。

今年2月、「ミュンヘン安全保障会議」でガブリエル独外相は「中国の一帯一路は自由・民主・人権など西側の価値観とは異なる別の制度を作り出すもので、自由世界の秩序は崩壊に瀕している」と「一帯一路」評価を一変させた(もちろん否定する方向に)。

さらに4月、欧州共同体(EU)駐中大使28人のうちハンガリーを除く27人が連名で報告書を作成・署名した。一帯一路について「自由貿易を推進するEUのアジェンダに反するもので、補助金を受けた中国企業に有利に働くようなパワーバランスを推進するものである」と非難した。

一帯一路は習近平中国国家主席が打ち出した大構想で、中国からアジア・中東・欧州にまたがる大経済圏を作ろうというものだ。欧州は前のめりに食いついていったが、実際にプロジェクトを精査していくと、もうかるのは中国企業だけだ。欧州側は「交通インフラにおけるすべての投資家の平等な機会」だとか「国際基準にあった透明性の保証」などを求めるのだが、中国は頑として応じない。EU側は今ようやく、一帯一路の真実を知ったのである。

そうして米国の政策転換を最も鮮明に示すのは、昨年12月の「国家安全保障戦略」、「国防戦略」で中露を「戦略的競争相手」と規定した。「(中国の)違反や不正行為、経済的侵略を米国はこれ以上見て見ぬふりはしない」という記述などただ事でない。

しかし、こうした欧米の、とりわけ米国の政策転換を引き出したのは中国自身である。

中国は3月の全人代で(1)鄧小平以来の「社会主義現代化」の達成を15年早め、2035年までに経済力で米国を抜く(2)そこから15年後の建国100周年には「社会主義現代化強国」を達成する――ことを国家目標とした。つまり今世紀半ばには「世界一の国」になると宣言した。「中華民族は世界の諸民族の中にそびえ立つ」のだそうだ。

ここまであからさまに米国の覇権への挑戦を宣言されては黙っているわけに行かない。しかも問題は中国が覇権国になる方法として「社会主義現代化強国」の道を歩むと言っていることだ。欧米流の民主主義や市場の透明性など尊重しない。中国流つまり先進国からは「重商主義」、「国家資本主義」と悪評サクサクのやりかたを貫徹するというのである。

一例をあげれば、融資残高において世界銀行を上回る中国開発銀行、世界銀行より少し小さい中国輸出入銀行だ。日本ではアジアインフラ投資銀行(AIIB)が脅威視されているが、あれは本体から目をそらす隠れ蓑の“玩具(おもちゃ)”だ。中国企業がアジア・アフリカ市場を席巻した秘密は中国輸開銀の巨大な金融力にある。

他国の市場を奪うばかりで自国を開放しない「重商主義」、国のカネを後ろ盾にライバルをたたきつぶす「国家資本主義」。これでは自由主義陣営は勝負にならない。欧米諸国も、ようやく中国幻想から覚めて現実がみえるようになったらしい。