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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米中間に生じた“危険な雲”(中)2017.4.1

クロス・ドメイン(超領域)戦争の実相

前回紹介した元陸上自衛隊、渡部悦和氏の「米中戦争」が分析のベースとしているのは、米国防総省の年次報告、同総省と緊密な協力関係にあるランド研究所が2015年にまとめた“米中軍事スコアカード”、対中新戦略エア・シー・ランドバトルを研究している戦略予算評価センター(CSBA)の公表資料などである。双方の戦力比較は原則として2017年現在を基準にしている。

これらの研究では近未来の米中衝突を以下、4つの事態でシミュレーションしている。第1が核兵器の応酬を含む「大規模戦争シナリオ」、第2が中国の台湾進攻に伴う「台湾紛争シナリオ」、第3が日中間の衝突を契機とする「東シナ海シナリオ」、最後が南沙諸島の領有をめぐる「南シナ海シナリオ」である。

中国は、一貫して海洋強国を目指し、鹿児島沖―台湾沖―フィリピン沿岸―ブルネイ―ベトナムに達する第1列島線内を「内海」とし、横須賀沖―グアム沖からマリアナ、ニューギニアに至る海域を第2列島線として勢力権に置く意図を公言している。これが実現すればアジア・太平洋における海洋の自由原則は崩壊し日本、アジア諸国のエネルギー、通商路は中国の軍事管制下に置かれる。無論、世界の貿易・通商にも大打撃を与えるため、4つのシナリオが起きる可能性は高いとみている。同時にこれら分析では、仮に米中衝突が起きても第1のシナリオ、核戦争自体は何とか避けたいとして、そのための戦略的方策を検討しているのが特徴だ。

想定される軍事衝突は、従来の戦争になかった様相を呈する。それはまず、ハイブリッド・サイバー戦で始まり次いでミサイル対海洋戦力による非対称兵器間の交戦へと続く。同時に、クロスドメイン(超領域)と呼ばれる海洋(海中)、空(宇宙)での戦いが同時重層的に進行する。

開戦時、米軍は一時引き下がる

ハイブリッド戦とはサイバー戦を含む「破壊工作、情報操作など多様な非軍事手段、秘密裏の軍事手段を組み合わせた明瞭に、『武力攻撃』とは認定しがたい侵害行為」(防衛庁防衛白書)である。具体的にはクリミア併合でロシアが行ったウクライナ通信ネットワークの破壊、送電、政府系ウェブサイト機能の妨害などである。並行して戦いは、宇宙空間に広がる。

現在、中国が有する各種人工衛星は約130個(米軍は約400個)。これによる探知能力、GPS網は、地上基地、艦艇、航空機から米空母、米軍基地に向け発射される巡航ミサイルを誘導するデジタルマップに不可欠だ。従ってこの能力を破壊するため米中間で人工衛星を破壊し、レーザー光線などで機能をマヒさせるスターウォーズが繰り広げられる。

空母を中心とした伝統的な海洋戦力で米軍に大きく劣る中国軍は同等の戦力を持つのでなく、これらを射程距離外から攻撃する巡航ミサイル、中距離弾道ミサイルの開発に全力を挙げた。これが非対称戦と呼ばれるものだ。弾道ミサイルは巡航ミサイルと違い発射時に加速度と角度を設定して慣性誘導で弾着するので命中精度に劣り、空母など移動目標よりは固定基地を叩くのに使われよう。ミサイル迎撃には限界があるので、日本国内の米軍基地を中心に一定の被害が出ることは覚悟せざるを得ない。

このため開戦当初、在日米軍基地の航空機、米空母機動部隊は、いったんハワイ周辺まで後退することになる。日米両政府は日本国民の心理的動揺を鎮静させる何らかの処置が必要となろう。以後のシナリオ展開は次回で(続く)。