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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

トランプ大統領のピンチとチャンス2019.05.21

-疑惑追及と再選レースの行方-

“失言”が多いせいか、あまり注目されなかったが先月、ワシントンで行われた主要国財務相・中央銀行総裁会議(G20)後の麻生財務相発言には、「おや」と思わせるものがあった。発言は以下の通りである。

「米中貿易摩擦に関しては多分トランプが再選。そこでもう一回仕切り直しで交渉が始まる。トランプになっちゃうってことをある程度前提にこっちも考えておかないと…」。

この発言の面白さは、全米の関心が大統領選に絡むロシア疑惑捜査報告書に集中していたタイミングに、発信源であるワシントンで行われた点だ。そして、この発言が麻生氏の考えというより、彼が会ったムニューシン財務相はじめ共和党幹部が事態をどう見ているかを反映したホット情報と思われるからだ。

トランプ疑惑に関して簡単にまとめると、捜査報告書の結論は「限りなくクロに近い濃い灰色」である。捜査は(1)2016年大統領選挙でトランプ陣営、トランプ個人とロシア政府との間にヒラリー候補に不利な情報を流布する共謀はあったのか(2)トランプ大統領および側近が、これらの捜査を妨害した事実はあるのか――について行われた。

マラー特別検察官の報告書は、(1)についてはプーチン露大統領とつながりのあるロシア企業IRAがSNSを駆使してさまざまな偽情報を流し選挙妨害を行ったこと、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)が民主党陣営のサイトに侵入して得た情報を内部告発サイト「ウィキリークス」を通じ暴露したと認定した。これらの動きをトランプ氏の長男や女婿のクシュナー氏らは事前に連絡を受けていた。しかし両者の共謀、協力を立証するには証拠が不十分として追訴を見送った。

ロシア疑惑は再選のネックか

(2)に関しては、トランプ氏がコミーFBI前長官に捜査中止を求め、従わないと罷免したのをはじめ、マラー特別検察官の解任を画策するなど複数の妨害を認定したが起訴は見送った。司法省は現職大統領を起訴できないという先例に従ったものだ。マラー氏は「追訴しないことが潔白の証明ではない」とも指摘して以後、追及の役割を立法府に振った。

この報告書が出された直後にもかかわらず共和党主流が、「トランプ再選」と見る理由は2つ。まず上院の多数は共和党が握っているからニクソン大統領が追い詰められた大統領弾劾は難しい。第2はアメリカにとって好ましくないのだが、拡大する一方の貧富差、地域格差のもと国論がトランプ支持、不支持(5月上旬時点で支持40パーセント、不支持50パーセント)で真っ二つに分裂していることだ。

「移民が米国の治安を悪化させている」「中国が国内雇用を奪っている」「金融資本、議会のリベラル派が庶民の富を奪っている」等々。トランプ大統領がツイッターで流し続けるアジテーションを信じる人が全米で4割。不支持層の投票率は40パーセント以下。一方、固い支持層は間違いなく投票に行く。

元々、アメリカ国民は「連邦政府というものは必要悪でしかないのだから、小さければ小さいほどいい」(米社会学者ゴーラー)と考えている。貧しい白人労働層にとっては、「ワシントンに巣くって陰謀をめぐらす官僚、議会、資本家、マスコミなど」よりは“いかがわしいトランプ”の方がまだマシなのだ。こうした固い支持層は、捜査報告書が何を言おうが影響を受けない。

かたや民主党はどうか。来年の大統領選には76歳のバイデン元副大統領から急進左派、ジャマイカ出身の女性上院議員、同性愛者まで18人も名乗りを上げている。予備選で多少は淘汰されるだろうが、乱立は間違いない。なら「トランプで決まり」となるわけだ。さて?