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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

トランプ起訴で見えてくるもの
-反逆はアメリカ政治の伝統か-2023.09.11

「簡潔にして簡明。文学的ですらある」。ニューヨークタイムズのコラムニストが8月1日の特別検察官によるトランプ前大統領起訴状を絶賛している。

A4判で45ページの文章を読んでみた。確かに法律用語は極力使わず短文で事実を積み重ねてゆく文体は、アメリカが生んだハードボイルド小説を読む趣がある。以下のサイトで読める。

https://www.justice.gov/storage/US_v_Trump_23_cr_257.pdf

事実関係の多くは、既報済みだ。しかし、起訴状を通読すると現代アメリカ社会が抱える明暗も浮かび上がってくる。

起訴状は、トランプ被告と共犯者が2020年11月3日に行われた大統領選挙結果を覆そうと約3か月間にわたって試みた数々の犯罪行為を淡々と記述していく。

トランプ陣営の手口は基本的に同じ。ジョージア、アリゾナ、ウィスコンシン、ペンシルベニアなど接戦となった各州で、バイデン陣営が投票集計機を操作し、あるいは死者や投票資格のない人に投票用紙を配布し、有効投票をシュレッダーにかけ、開票立会人、開票事務員などを買収、不正操作を行った――ためトランプ勝利が覆った、として是正を求める。

選挙結果に対し疑義を表明すること、再集計を求めることは法的に認められている。実際、トランプ陣営はいくつかの州で「バイデン当選無効」の訴えを起こしたが、全て敗訴している。

問題は、トランプと共犯者達が選挙に敗れたと知りながら、また不正な選挙、開票が行われたことを裏付ける証拠なしに、偽計により結果を覆そうとしたこと。それが共謀罪、選挙手続きに関する憲法違反として追訴された。

具体的には、自分たちの主張を州の選挙管理人、州議会議長らに訴え、強要し選挙結果を覆そうと執拗に工作したこと。

また各州がワシントンに派遣する選挙人(1月6日の議会両院総会で選挙人が投票、最終的に大統領選挙当選者が決定する)をトランプ支持者に差し替えようと州議会議長らに働きかけたこと。

最後は、両院総会議長のペンス副大統領に自分を当選者にするよう強要したこと。トランプ自身が長時間電話をかけるなど工作の先頭に立っている。

米選挙制度の健全性

起訴状を読んでの印象は、意外にも米国の選挙システムが健全に機能しており、関係者も誠実にルールを順守していることに感銘を受けた。

トランプ大統領(当時)から直々、投票結果の変更、票の再集計、不正審査手続きなどを強要された多くの州議会関係者、トランプに任命された司法職員らが決然と拒否している。彼らの多くが、電話を録音し、弁護士を同席させている。こうした記録が起訴の決め手となった。

中でも、トランプから数回、数時間にわたり投票結果の改ざんを迫られたアリゾナ州議会議長の発言は胸を打つ。

「立法府が選挙結果を覆すことはありえない。私は保守的な共和党員であり、大統領選挙ではトランプ再選に全力を尽くし、投票もした。だから選挙結果には、失望している。といって公正に認定された選挙結果を法に反して無効にすることはできない。私と同僚議員は、就任に際し米国憲法とアリゾナ州法を順守すると宣誓している。もし我々が根拠のない推測に基づいて州民の票決を覆すようなことがあればアリゾナ州政府の基本原則を破壊することになる」。

現職の首相と側近から執拗に迫られた時、このように答えられる日本の官僚、検察官、県知事が何人いるだろう。こう考えると、知事はもとより副知事、収入役、地方検事、警察署長まで直接選挙で選ぶ自治制度が米民主政治の基盤であると改めて思う。

最大の疑問は、ここまで追い詰められているトランプの人気が上昇中なことだ。アメリカの詩人、ホイットマンは100年以上前にこう言った。「人民の義務は、政府に対し最大限に抵抗し、最小限に従うことだ」。根強い反政府、ワシントン感情を考えるとトランプという存在は、アメリカ文化の正統なのかもしれない。