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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

日本列島の護り方とは?2018.8.01

-脅威に備えるか、脅威を減らすか-

最近、自衛隊幹部OBを含む軍事専門家諸氏と国防情勢分析を行ってみた。彼らが一応に強調したのは「Aggressive realism」の必要性だった。「所要防衛力の緊急整備」と言い換えてもいい。外交関係を見極めつつ敵対関係になり得る近隣国の軍事能力に対抗出来る戦力を速やかに備えるべき、という考えだ。

戦後日本の防衛力整備計画は、これと異なり財務省の予算統制下、「基盤的防衛力構想」に基づいて進められてきた。これは、ロシア、中国、北朝鮮という軍事強国に接しているわが国が所要防衛力の考えで軍事力を持とうとすれば現状のGDP約1パーセントを大きく超える予算が必要になる。自衛官も増強しなくてはならないが国民的合意が得られるか。脅威とは〈敵対国の軍事能力〉プラス〈意図〉の総和なのだから平時においては、脅威の切迫度に応じ速やかに所要防衛力の水準まで引き上げられる「基盤的防衛力」を保持しておけばいい、という考えだ。

これを変えなくてはならない理由を彼らは、以下のように説明した。まず「基盤的防衛力構想」は〈想定される軍事的脅威〉マイナス〈米国の軍事力 プラス 抑止力〉=〈日本が持つべき軍事力〉という前提に立っているが、それが成立しなくなった。1992年には日、米、欧の軍事力は金額ベースで中露に対し10.1倍あった。それが2017年には2.45倍と4分の1に縮んだ。特にこの25年間でGDP比24倍も軍事支出を伸ばした中国の存在が大きい。アジア正面に絞ればバランス・オブ・パワーは均衡点を超えようとしている。

中・朝・露の軍事的脅威は核だけでない

金額だけでなく質においても状況は変化した。中、露、朝の短距離・中距離ミサイル能力が急速に改善されたため太平洋地域同盟国への米空母機動部隊の近接支援が困難になってきた。核戦力に関しては中国が1600〜1800発、北朝鮮が約60発の中距離核ミサイルを実戦配備した。この結果、米国の核の傘に対する信頼性が低下し、同盟国を通常兵力でも核抑止力でも守れない状態に近づいている。必然的に米国の安全保障の重点は、冷戦時代の同盟国に対する前方防衛体制から、米本土に移行、同盟国は自力防衛で生き残るしかない。

脅威は、核だけではない。サイバーテロ、生物化学兵器によるテロ、従来のミサイル防衛を陳腐化する超高速弾道ミサイル、レールガンなど最新兵器の分野では露、中が先行している。サイバー攻撃については金融システム、発電・送電システムへの攻撃がコソボ紛争、ウクライナ紛争で実行され効果を上げた。他方、ハード攻撃でないSNSなどを駆使した欺瞞工作(シャープ・パワー)も米大統領選挙に大きな影響をもたらした。これに対しわが国の態勢は、防衛省サイバー隊が人員、わずか130人と極めてぜい弱だ。

では何がどれだけ必要なのか? 当面、核保有は置くとしても潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、巡航ミサイル整備により独自の敵地侵攻攻撃能力を保持する。ブラック・ハッカーを特定し、監視下に置く官民組織の設立、重要施設、国民を守る核シェルターの全国整備。このためには国防予算と兵員の倍増が必要という。

「理解出来なくはないが国家予算の33パーセントが社会保障費、24パーセントが借金返済。空前の人手不足。この中でどうやって“軍事リアリズム”を達成するのか?」。私の質問に重苦しい沈黙が続いた。だから中露、北朝鮮とは仲良くしろ、という考えは取らない。しかし、リアリズムも過ぎれば空想に突き当たる。

要は、国民的合意の形成だろう。こうした議論を専門家だけでなく国民全体で行う場こそ国会ではないか。しかし、その場は今、空虚だ。残念でならない。