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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

知られざる北方領土問題2018.12.11

-安倍外交、焦りに乗じられてないか-

背筋が凍るような光景だった。事件は11月25日、クリミア半島とロシア南部に挟まれたケルチ海峡で起きた。ロシア警備艇数隻が航行中のウクライナ艦船3隻に急接近。威嚇射撃を行い船首に激突、自動銃を突きつけて船体と乗組員を拿捕した。ロシア側は領海侵犯としているが原因は2014年、ロシア側が一方的にクリミア半島を武力併合したことにある。批判の高まりにトランプ米大統領も米露首脳会談をキャンセルせざるを得なかった。

反射的に思い出したのは2014年11月、尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に執拗に衝突を試みた事件だ。中国で海上保安庁に当たる海警も関与したとみられているこの事件で、中国船員が自動銃を発砲、乗り込んできたら何が起きただろう。

お隣韓国では、文在寅政権が発足して以来、竹島に議員団が繰り返し上陸して自国領であることを誇示、両国関係の摩擦係数を高めている。

さて北方領土問題である。安倍首相とロシアのプーチン大統領は1日、ブエノスアイレスで行われた首脳会談で、北方領土を含む平和条約締結交渉の加速に向け、外務省次官級を特別代表とする協議の枠組みを作ることで一致した。首相は、「来年1月の訪ロ時に大枠合意し来年6月、大阪で開催される主要20か国・地域(G20)首脳会議の際に行われる日ロ首脳会談で平和条約署名を目指す」(毎日新聞)と伝えられている。

筆者は、「何が何でも4島一括返還」とは考えてない。国民の理解(日経調査で、交渉自体は67パーセントが評価。しかし、2島だけ返還支持は5パーセント)が得られるなら現実的処理も有り得ると思う。ただ、判断を下す前に我々は北方4島について何を知っているか、を自問すべきではないか。

無知では国を守れない

先日、「北方領土の真実」(南雲堂)の著書がある読売新聞OB、中名生正明氏の話を聞く機会があった。同氏の結論は、「無知では国を守れない」。まさに北方四島に対する無知を思い知らされた。

無知の第一は、その広大さ豊かさ重要さだ。北方4島の面積は、約5000平方キロメートルで沖縄本島(2271平方キロメートル)の2.17倍もある。最大の島、択捉島(3183平方キロメートル)は東京都の1倍半、佐賀県より広い。加えてサケ、マス、ニシン、サンマ、カキ――。世界3大漁場と呼ばれるオホーツク海を包み込む地勢だから2島と4島では経済専管水域の広がりに格段の差がある。

戦略的にも要衝である。カムチャッカ半島の東岸、ペトロパブロフスクには戦略ミサイル潜水艦の基地がありオホーツク海から米本土に照準を合わせている。仮にオホーツクに抜ける幅40キロメートル、水深1300メートルのエトロフ水道を日本がおさえたら、ロシア原潜は身動きできない。

無知の第二は、北方領土をめぐる歴史だ。1854年の日露和親条約(エトロフ以南は日本、ウルップ島以北はロシア、樺太については境界を設けず従来通り)以来、幕府・明治政府は東北6藩に千島列島と、樺太(北蝦夷)の警備を命じ、各藩が多大な犠牲を払って任務を遂行してきた。また1905年のポーツマス条約では樺太全島の非武装地帯化が決められ太平洋戦争当時まで双方が尊重してきた。

日本は1951年の平和条約調印時、ウルップ以北の諸島、南樺太の権限を放棄した。しかし、こうした歴史と事実関係を考えると主権をあいまいにした2島先行、もしくはプラスアルファ論に安易に乗ることはできない。憲法改正発議が困難視され、安倍政権の歴史的業績作りは、これしかないという焦りは禁物だ。成り行きを中国、韓国、同盟国米国も注視している。