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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

トランプ支持と起訴の不等式
-「自由からの逃走」再び-2023.07.01

トランプ前米大統領が国家機密情報の不法隠匿、スパイ防止法違反、司法妨害など37件で起訴された。

49ページの起訴状を読んでみた。内容の多くは、既に各マスコミが報道済みである。それでも解けない謎が二つ残った。

100個近い段ボール箱に詰め込まれた文書類は、新聞の切り抜き、多数の写真から極秘の核兵器開発計画、イラン攻撃プランまで。まさに玉石混交。保管場所もダンスホールの舞台から地下倉庫、トイレ、シャワーカーテンの裏など所かまわず。ゴミのように床に散乱しているケースもあった。

果たして何が玉で、何が石なのか、どんな基準でどこに保管したのかは、トランプ氏にしか分からない。分かっているのは、国家機密を閲覧権限のない友人に見せびらかしたり、連邦政府への返還を拒むため弁護士達と知恵を絞っていたという事実だ。

では二つの謎とは? まず、理解に苦しむのは、これほどまでに一連の文書に執着し、返還を拒み続けた理由が分からない。

次に、婦女暴行に絡むスキャンダルもみ消しは起訴済み、今後も選挙妨害や議事堂乱入事件の教唆で起訴される見込みの男が何故、共和党最有力大統領候補に止まり続けているのか――である。

解かれていない二つの謎

最初の疑問を解明するには、トランプ氏がこれら文書をmine(俺の物)と呼んでいたこと、管理に関わったスタッフが“ビューティフル・マインド物件”と名付けていたことが手掛かりとなる。

「ビューティフル・マインド」の名は、ゲーム理論でノーベル賞を受賞した天才数学者J・ナッシュを描いたハリウッド映画に由来している。

統合失調症であったナッシュ博士は、あらゆる場所に数式、記号を書き散らし、部屋は資料であふれていた。博士以外誰もどこに何があるか、何が重要かは分からず触ることもできなかった。

新聞記事の切り抜きから記念写真、国家機密情報ファイル、知人からの手紙――など。トランプ氏にとっては、全てが「俺の物」であり、「誰にも渡せぬ」物だった。

このトランプ氏の心理状態について旧友、支持者であったクリスティー前ニュージャージー州知事の見方は的を突いている。

「彼にとって一連の文書はハンティングのトロフィー(獲物)なのだ。“凄いだろう。俺はこんなものを持っているんだぞ”と自慢できるもの。大統領であったことの証なのだ」。

この見方が正しいなら、彼にとって国家機密か否かは、文書の価値を決める絶対的な基準ではなかったのかも知れない。

第二の謎には、ヒトラーの台頭を目前にアメリカに亡命した心理学者、エーリッヒ・フロムが82年前に書いた「自由からの逃走」が参考になる。

乱暴に彼の説を単純化すると、こうなる。近代の訪れは、封建時代の地域、階級に縛られたくびきから個人を解放した。しかし、自由は無償ではない。自主性を貫く不断の責任と努力が求められる。この“自由”がもたらす緊張、孤独に耐えられぬ市民は、帰属する場を失い、不安が募りかつての権威、独裁者への再服従に逃げ込むのだ。

この分析は、トランプ現象だけでなくプーチンのロシア、エルドアンのトルコ社会を理解する上でも参考になるだろう。

ニューヨークタイムズのブレッド・スティーブンス記者は5月30日付のコラムにこう書いている。

「昨年の(民主党が辛勝した)米中間選挙後、私は“トランプがようやく終わった”と確信し、そう書きもした。

私は馬鹿だった。トランプ支持は、勝利への期待から成り立っているのではない。帰属意識から成り立っている。聞いてもらえる、見てもらえる感覚。自分が嫌われていると感じ、自分を嫌っている人たちにとってトゲのような存在になる感覚。それらに比べれば勝利も、繁栄も些細なものなのだ」。

こうしたポピュリズムが共和党内で優位を占めるかぎりトランプ支持は崩れそうもない。