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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

ウラジミール・プーチンの世界2018.3.21

-混迷世界、ロシアの側から見ると-

プーチンロシア大統領が3月1日行った年次教書演説には、いささか驚かされた。いかなる迎撃ミサイルも無力化する、“無敵の超音速ミサイル”を実戦化するという。なおかつドローン潜水艦から核弾頭を付けた巡航ミサイルを発射して、「いつでも、どこでも圧倒的な軍事的優勢を達成する」と胸を張った。演説の背景には、明かにトランプ米大統領の別荘のあるフロリダ半島に向け落下する複数弾頭ミサイルのシミュレーション映像が映し出された。

3月18日のロシア大統領選を控えた国威発揚、核大国としての威信回復のデモンストレーションというのが一般的見方だが、いささか過剰な演出ではないか。しかもプーチンの再選は不動と思えるから、こういうリーダーが2024年まで計24年間、ロシアの最高権力者に居続けるだろう。圧政を強いたスターリンでも在任期間は30年間である。習近平中国主席の終身制といい、安倍首相の3選劇など、「可愛い」と思えてくる。

こうした中、ベトナム反戦映画、「プラトーン」やケネディー暗殺を描いた「JFK」を制作したアメリカのオリバー・ストーン監督がプーチン大統領との間で2015年から17年まで4回にわたって行ったロングインタビューを読んだ(「オリバー・ストーン オン プーチン」文芸春秋社)。この映像版は、NHKBS放送で放映されたからご覧になった方もいるかもしれない。ロシアの米大統領選挙への干渉が明らかになってきた時期に出版されたのでこの本への米国内の評判は「プーチンの言い分を垂れ流している」と厳しい。

確かにそうかもしれないが、ソ連崩壊、NATO(北大西洋条約機構)の2度にわたる東方拡大をロシア人がどのような想いで見ていたのかがよく分かる内容だ。領土、国民、民族的威信を取り戻すことこそプーチンの信念であり、国民への約束なのだ。

膨張主義と過剰な防衛本能

プーチンは、言う。「ソ連崩壊に伴う最も重要な問題は、崩壊によって2500万人のロシア人が瞬きするほどの間に異国民となってしまったことだ。気が付けば別の国になっていた。これは20世紀最大の悲劇のひとつだ」。「ドイツ再統一が決まった当初、アメリカの高官、国連事務総長、西ドイツ政府代表が口をそろえてこう言った。『NATOの東の境界が旧東ドイツの国境より東に行くことはない。保証する』と。ただ約束は書面にされていなかった。それが誤りであり、その誤りを犯したのはゴルバチョフ氏だ」。

ロシアと欧州を隔てるのは、いくつかの河川と大平原。かつてナポレオン軍が、そしてドイツ軍がここを渡りロシアを蹂躙し、多大な損害を与えたこと(そして最終的に2度とも勝ったことを)ロシア国民は決して忘れない。そこに冷戦の設計図を書いた米外交官、ジョージ・ケナン氏の説く「ロシア人の過剰な防衛本能」が生まれてくる。防衛ラインを外へ外へと広げようとするロシア人の本能が他国から見れば膨張主義にしか見えないのだ。

プーチン氏の発言から思い知らされるのは超の付くリアリスト、優秀な地政学者であるということだ。例えばアメリカの同盟国に対してはこう言う。「アメリカ外交には同盟国なんてないよ。属国だけさ」。「世界には、本当に主権を行使できる国家は数えるほどしかいない。それ以外は同盟国の義務とやらを負わされているのさ」。

現代史からギリシャ哲学まで博覧強記。決裁にあたっては、要約でなく報告書、資料全文を読んで判断するという。こんなプレイヤーを相手に「森友」でよろめいている安倍さん、四つに組めるのだろうか?