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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特任教授、国際厚生事業団理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

デジタル市長とアナログ議会
ー新しい政治潮流は地方自治からー2024.03.01

全国およそ1700ある自治体でYouTube登録数が22万(1月現在)を超え全国一となった市がある。広島県中央部、人口2万6000人余りの安芸高田市だ。

市長の石丸伸二氏は41歳。地元出身で京大卒、三菱UFJ銀行ニューヨーク支店のアナリストから2020年8月の市長選に打って出た。いまや石丸市長のツイッター(現X)フォロワーは、人口の10倍、28万2722人に達する。毛利元就の墓所以外、これといった観光スポットもない自治体に全国から注目が集まる。何が起きているのだろう。

すべては2019年参議院選挙で広島選挙区から出馬した河井克行元法相の妻、杏里氏の大規模な選挙違反事件から始まった。安芸高田市の前市長も買収容疑で取り調べを受け辞任。石丸氏は、やり直し選挙で郷里に帰り出馬、圧勝した。

同市は04年、旧高田郡6町が合併し誕生した。人口は、この20年で8.7%減少。65歳以上が40.7%(全国平均29%)を占め過疎・高齢化が進む。当然、市財政も苦しい。国からの交付税が70%を越え自主財源は3割に満たない。

エリート銀行員から転じた理由を石丸氏は、こう語る。「やり直し選挙なのに候補者は一人、無投票だという。ダメだ、(故郷を)放っておけない!と思った」。

新市長は「市の存続」を最優先に予算のスリム化、6町がそれぞれに作ってきた文化施設など「箱もの」の整理、市会議員定数の削減などを打ち出す。変化を望まぬ議会は、足を引っ張り続ける。

議会との対立は、市長の演説中にいびきをかいて居眠りする議員をSNS上で批判したことで頂点へ。「(居眠りは)健康上の理由。やりすぎ」といきまく多数派に市長は、「恥を知れ!」と返す。果ては、名誉棄損裁判となり抜き差しならなくなった。以来、多数派は市が提出する多くの議案を否決、市政は停滞する。

通常ならここで何らかの「手打ち、談合」となるところだがデジタル市長の対応は異なった。対立点をより鮮明にする道を選んだ。舞台は、議会での質疑だ。

お国言葉丸出しで攻める議員と理路整然、慇懃(いんぎん)無礼気味に切り返す市長。丁々発止のやり取りはまさに劇場空間で下手なバラエティー番組より面白い。本会議、委員会を中継するネット視聴者はうなぎのぼり。視聴回数と登録数によって還元されるSNS広告料金も馬鹿にならず市の教育予算を潤している。

全国ニュースに取り上げられ、市長が呼び掛けたインターシップには応募が殺到した。同市のふるさと納税額は前年の倍、4億円に達しそうだ。

「あえて乱を求める」手法について市長は、テレビ司会者の古舘伊知郎氏にこう答えている。「このままいけば20年後、安芸高田市はなくなる。その前に何ができるか、議論を巻き起こしたい」。

地方自治の新しい波、中央に届くか

こうした地方政治の変化、安芸高田市だけではない。20年4月、最年少の女性首長に選ばれた内藤佐和子徳島市長(38)、21年1月、自公推薦候補を破り山形県知事となった吉村美栄子氏(69)、昨年、全国最年少の市長となった芦屋市の高島崚輔市長(26)、2月4日、保守王国の前橋市で現職を破った小川昌市長(41)などが生まれている。

共通するのは、(1)将来展望を訴え過去のしがらみを否定(2)行政の“見える化”推進(3)デジタル技術を駆使した情報発信と行革推進(4)議会との緊張関係――などだ。女性が多く、高学歴、世襲ではない点も挙げられるだろう。

イデオロギー色を排し現状打破、改革を訴える手法は、大阪に始まった維新と似るが、それを超えた広がり、エネルギーを感じる。

1980年代末、レーガン人気で共和党に圧倒された民主党青年会議は、「地方からワシントンを目指せ」と首長選挙に注力した。結果、アーカンソー州にクリントン知事が生まれ、92年ワシントンに攻め上った。

全国で広がる地方自治の波紋。バブルに終わるか、政治変動の原動力になるのか。注視したい。