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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

北方領土と総裁人気との関係(上)2016.9.21

カネ(経済協力)でシマは買えるのか

12月15日にプーチンロシア大統領が安倍首相の地元、山口県長門市を訪ねる。9月2日、ウラジオストックでの会談後、首相は「突っ込んだ話し合いができた。平和条約交渉に手応えを強く感じ取ることができた」と語った。戦後71年、条約上は未だ戦争状態が続く日ロ関係を正常化し、領土問題の解決を図ることは国民的願望だが、果たして事態は動くのだろうか?

結論を先に言えば今回、領土問題の進展に大きな期待は持てない。領土紛争は戦争の結果として生じることが多いので、その決着は戦勝国の首都でつけることが外交的慣例である。山口県で“手打ち”となれば日清戦争で台湾の割譲を決めた伊藤博文と李鴻章の春帆楼会談になってしまう。そこは2人とも織り込み済みで、もう少しスパンの長い戦略を立てている。その点を押さえないで日々のマスコミ論評に流されていると読み間違える。

ロシア側が安倍首相に「手応え(サイン)」を与え続ける理由は2つ。世界戦略上の要請と、最悪の経済にテコを入れるためだ。日本ではあまり感じられないがヨーロッパから見たロシアは今、完全に孤立している。第二次大戦後、軍事力によって領土を拡張したのはロシアのクリミヤ半島併合だけ。これに対するNATO諸国の金融を含む包括的な経済制裁の締め付けは相当きつい。頼みの石油、ガス輸出はがた落ち、対ロ大型借款、投資案件も消えた。生活消費財輸入も途絶え、苦しい生活を強いられる国民を納得させるにはナショナリズムに頼るしかない。オリンピック出場制限も、物不足もみんな米国を先頭にした西側の陰謀のせいなのだ。

こうした中、米国の「属国」としか見ていなかった日本の安倍首相が米国の懸念表明を振り切ってまでソチを訪ね、「双方受け入れ可能な新しいアプローチ」を提案した。ロシアにすれば対ロ包囲網の一角がほころびたわけで、これに乗ぜぬ手はない。“ご褒美”をちらつかせるのは当然だろう。

「新しいアプローチ」とは何か。北方領土と対ロ経済協力のリンクを切り離す、もしくは可能な限り薄めることにある。今回の8項目提案。極東地域の空港、港湾、水産加工施設の整備もさることながらロシアが最もそそられるのは、同国最大の国営エネルギー企業「ロスネフチ」と、国営電力会社「ルスギドロ」への出資案件だろう。特に「ロスネチフ」については日本側が10%前後の株式を約1兆円で取得する話が進んでいる。原油価格の下落で財政悪化に悩むロシア経済にとってはカンフル剤的効果をもたらすだろう。

妥協は18年で思惑が一致?

要は、日本が掲げてきた領土問題と経済協力をパッケージ化した「政経不可分」対、ロシアの「政経分離」のどこに妥協点を見出すかだ。双方の国内世論もあって「いずれも敗者とならない」知恵は思いのほか難問。高い支持率を得ているプーチンといえ国民の70%以上が「一切の返還」を拒否していることを無視できない。まして再来年は大統領選挙の年。今年、来年中に思い切ったカードを切ることは無理だろう。何らかの手打ちは、大統領に再任される(であろう)18年5月以降となろう。一方の安倍首相も同年9月の総裁任期満了までにメドが付けられれば任期延長に異議を唱える声は封殺できる。つまり2人はゴールを18年春以降と見定めている。

日ロ関係打開と、その間の絶妙なタイミングを選んで解散、勝利すること。この2つが安倍総裁の任期延長のテコになる。では日ロ関係、想定される妥結案とは? 次回、それを分析、推定してみよう。