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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米中間に生じた“危険な雲”(上)2017.3.11

否応なく巻き込まれる日本

“根っ子”は商売人だから口汚くののしってもリアルな戦争をする腹はあるまい。トランプ政権の対中国政策をこう見てきたがどうも甘かったようだ。

こう思うのは通商問題を扱う「国家通商会議」議長に反中派のピーター・ナバロカリフォルニア大教授が選ばれたからではない。確かに彼は「中国による死」という著作で、「自由貿易というトロイの木馬にまたがった『捕食者』中国が米製造業者数百万人の雇用を奪った」と対中輸入税の導入を提唱している。しかし、強く出るのは通商交渉に臨む米国の常套手段。それはそれで困るが起きても経済戦争だ。私が心配しているのはトランプ政治の理論指導者で国家安全保障会議の常任メンバーに指名されたスティーブ・バノン顧問の存在だ。

現在63歳のバノン氏は海軍の街、バージニア州ノフォークでアイルランド系カソリックの中流階級の家に生まれた。バージア工科大学を卒業後、海軍に入り駆逐艦の水上戦将校を務めた。同時にジョージタウン大学院で安全保障修士号を取り、海軍退役後はゴールドマンサックスで働きながらハーバード経営大学院を卒業した。

彼が主宰し、トランプとの出会いにもつながった極右ウエッブサイト「ブライトバードニュース」を見ると、内容もさることながら編集の背景にあるジュディオ・クリスティズム・ウエスト(ユダヤ・キリスト教が主導する西洋文明)至上主義に背筋が寒くなる。彼に言わせればイスラムも南シナ海からひたひたと迫って来る中国もサタンであり、これら西洋文明への脅威との戦いは必然なのだ。

トゥキュディデスの罠

古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスは、「新たな覇権国の台頭と、これに対する既存の覇権国の懸念、対抗心が戦争を不可避にする」と語った。これを「トゥキュディデスの罠」という。グラハム・アリソンハーバード大教授によると過去500年の歴史の中で台頭する大国が既存の大国に挑戦したことが16回あり、うち12回で戦争が起きている。教授は、「戦争は回避できないわけではないが、トゥキュディデスの罠から逃れるには大変な努力が必要になる。米中間の戦争は現時点で我々が認識するよりも蓋然性が高い」と述べている。問題はトランプ政権の中で「大変な努力を」傾けそうなメンバーが見当たらないことだ。結果、些細なモノの弾みから米中戦争の口火が切られないとも限らない。

「米中対決は究極的には核の応酬になるからそこまでは踏み切らないだろう」。普通、そう考えるだろう。しかし、この数年、米中が相手の腹を探りながら構想し、様々な兵器の開発を急いでいる軍事シナリオは、戦域を中国沿海部、太平洋(特に東、南シナ海及び台湾を含む日本の南西諸島)に絞り中国大陸要部を外している。中国陸軍との大規模戦闘も想定していない。戦いを海空(宇宙、海中も含む)、サイバー空間に限定すれば核兵器の応酬は避けられるだろう、というのが米国防総省と、その関連シンクタンクの想定だ。

無論、こうした事態は日本にとって日米安全保障条約の5条(自国防衛)、6条(アジア太平洋の安全)にかかわる事態だから当然、戦いに参加することになる。考えたくない事態だが、最悪に備えるのが安全保障の基本だ。 

幸い、最近、元陸上自衛隊東部方面総監でハーバート大アジアセンター・シニアフェローの渡部悦和氏が「米中戦争、その時日本は」(講談社現代新書)という好著を出版した。きわめて客観的で理論的な分析なので次回は、この内容をコンパクトに紹介しよう(この稿続く)。