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「知」に備えあれば憂いなし

河内 孝の複眼時評

河内 孝 プロフィール
慶応大法学部卒。毎日新聞社に入社、政治部、ワシントン特派員、外信部長、社長室長、常務取締役などを経て退社。現在、東京福祉大学特別教授、全国老人福祉施設協議会理事。著書に「血の政治―青嵐会という物語」、「新聞社、破たんしたビジネスモデル」、「自衛する老後」(いずれも新潮社)など。

米中間に生じた〝危険な雲〟(下)2017.4.21

3つのシナリオ、戦いの帰すうは?

フロリダのトランプ別荘で行われた米中首脳会談は、さしたる成果も衝突もなく終わった。しかし、晩餐会直後に行われたシリア空爆には習近平ばかりでなく北朝鮮の金正恩も肝を冷やしただろう。

さて米中戦シミュレーションを「台湾事態」、「尖閣、南西諸島事態」、の順で分析してみよう。南シナ海事態は当事者、フィリピンの対応が不明なので省略する。

台湾事態の発端は、台湾の独立宣言に対して中国が武力侵攻を開始、米国も台湾の要請を受け介入を決意した時だ。この紛争の決定的要素は「距離の過酷さ」(The Tyranny of Distance)である。中国大陸と台湾の距離は160キロほど。使用可能な航空基地は約40か所あり、600機以上の戦闘機、爆撃機が運用可能。上陸部隊も最新の強襲揚陸艦(約90隻)をフルに使えば1週間で13個師団を送り込める。

これに対し米軍は、最も近い沖縄嘉手納基地からでも770キロ飛んで行かねばならない。航空戦力は、空母機動部隊(2タスクフォース)の72機を加えても144機にすぎず、本土からの大量増派が必要となる。しかも空母機動部隊は中国本土、艦艇、航空機からの各種ミサイルを警戒、その脅威が去るまで台湾海峡に近づけない。中国GPS衛星網の破壊、レーダーに映りにくいステルス爆撃機や潜水艦、艦艇による巡航ミサイル、機雷敷設で飛行場、港湾機能を破壊、中国船団を撃滅するには一定の時間を必要とするだろう。また、平時から台湾(あるいは日本)に送り込まれた工作員による公共インフラ、戦略施設などへのサボタージュにも対処を迫られる。

次に日中軍事衝突のシナリオは、大別して3つ。第1は、中国が日米共同作戦を遮断しつつ尖閣や離島の支配権を獲得しようとするグレーゾーン事態。この場合、直接対峙するのは海警局、軍事訓練を受けた海上民兵と海上保安庁になる。米軍の介入を避けるため在日米軍基地、日米共用のレーダーサイトなどへのミサイル攻撃は控えるだろう。これは平時における自衛隊の武器使用が「正当防衛及び緊急避難」に限定されている法的不備のスキを突いた作戦だから法整備で対処できる。自衛隊が常に海上保安庁と共同で作戦できる体制づくりだけでも相当の抑止力となる。

尖閣、南西諸島事態では米日が有利

第2は、台湾事態が日中衝突に波及した時だ。在日米軍基地、補給基地へのミサイル攻撃により航空自衛隊、海上自衛隊は、自動的に米軍と協力して対空、海上戦闘を行うことになる。米軍は、台湾戦域以外の南西海空域における空中警戒、対潜水艦作戦、防空作戦の多くを自衛隊に依存でき、全精力を台湾防衛に集中できる。

第3は、中国が第2列島線確保のため通過点の琉球海域、南西諸島を自由に使えるよう限定攻撃、場合によっては占領を図るケースだ。この場合、今度は「距離の過酷さ」が中国側に働くことになる。自衛隊は機動性のある地対艦ミサイルを南西諸島に配備しつつあり、海峡を通過しなくてはならない中国艦艇にとっては大きな脅威。また、「ハワイを挟んで太平洋を東西分割する」中国の野望を米国は許さないので大規模な米中戦争となる。

米軍にとって対処の困難度は、台湾事態、尖閣・南西諸島事態の順になる。ただ、いずれも中国本土への都市核攻撃を控えれば全面的な核の応酬にはなるまいと読んでいる点が不確定要素として残る。米中対決は両国の経済システムを破壊、世界経済にも致命的な影響を与える。絶対あって欲しくないが、絶対ないと考えているなら単なる思考停止になってしまう。次回は北朝鮮事態を考えてみよう。